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擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

記憶の上書き

雑想

 「あんたら、もうお風呂には入ったんか?」

 母が優しい声で、お風呂から上がったばかりのぼくの子どもたちに尋ねる。ついさっき、上の娘がお風呂に入るのを嫌がってさんざんごねていたのも、下の息子が脱衣室から素っ裸で飛び出してきたのも、母はしっかりと見ていたはずだ。だが、孫たちがもうお風呂に入ったという情報は、母の脳から消えてしまった。

 数年前から、母の脳は新しい情報をあまり受け付けなくなった。ついさっきしたばかりの話を何度も繰り返す。昼間に自分が何をしていたのかも覚えていない。ただ、その場、その場での判断ははっきりしているので、今のところ生活に大きな支障はない。母の手料理を食べる機会はここのところ無いけれども。

 数ヶ月おきにやってくる孫の顔を見ると、いつも母は「ほんまに大きくなったねぇ」と言う。前回に里帰りしたのはほんの1ヶ月半前なのだから、子どもたちがそんなに成長したはずはない。けれども、孫に関する母の情報は、おそらく彼らが赤ちゃんの頃で更新が止まっている。だから急に大きくなったように見えるのだろう。

 食後、そんな母に父は症状の進行を抑えるための薬を飲ませる。

 父は昭和の夫だ。

 息子のぼくから見ても、驚くほど家事をしない。たとえ料理はしなくとも、細々とした家事は昭和の妻たる母が行っている。そのせいか、実家に戻ってきた息子が平成の夫をやっているのを見るのが母にはあまり面白くないらしい。そんな母を気遣って、うちの奥さんもぼくの実家では昭和の妻になる。感謝である。

 話を戻す。

 実家に戻るたび、昭和の夫である父が、母のためにいろいろな工夫をしているのが分かるようになってきた。ちゃんと飲んだかが一目で分かるように毎食ごとに区分けされた薬。電話機の前に大きく貼られた父の携帯電話の番号。実家が少しずつ、記憶に不安を持つ人間のための仕様になっていく。

 居間でくつろぎながら、旅行の話になった。奥さんの友だちが中東を旅したらしい。「中東とか、一回ぐらい行ってみたいな」とぼくが能天気に話す。「ぼくもモロッコとかの北アフリカに一回行ってみたかったけどな」と父。だが、その後には「でも、もうええねや」という言葉が続く。

 父は旅行が好きだ。実際、数年前まではいろいろなところを旅していた。だが、病気の母を連れて遠方に行くことはできないし、家にひとりで置いていくこともできない。「もう、ええねや」という言葉に母に対する父の覚悟を見る。

 「在外研究に行ったら、夫婦で遊びに来てえや」とぼくが言う。4月からぼくは家族を連れて日本を離れる。父が病気の母を連れてヨーロッパまで来られる可能性は高くないだろう。それはわかっている。

 起伏の少ない生活を送っている母にとって、年に数回とはいえ孫の顔を見ることは良い刺激になっているはずだ。その母からおそらく2年の間、ぼくは孫に会う機会を奪うことになる。

 母にとっての刺激と、研究者としてのエゴを天秤にかけて、ぼくは後者を取った。この機会を逃せば、在外研究に出るチャンスはもう一生ないかもしれない。それでも後ろめたさは残る。「夫婦で遊びに来てえや」は、ぼくの罪悪感から出た言葉だ。そんな息子でも、父は暖かく外国へ送り出そうとしている。

 「あんたら、もうお風呂には入ったんか?」

 祖母の問いかけに、娘は「うん、もう入ったよ!」と元気に答える。娘は祖母の病のことを知っている。たぶん、いい子に育ってくれていると思う。ついさっきまで、おもちゃをめぐって4つ下の弟と激闘を繰り広げていたとしても。

 就寝時になって、娘が「じーじとばーばと一緒に寝る」と言い出す。それを聞いて母が「そういえば、前にもそんなことがあったねぇ」と、しみじみ言う。

 ここのところ、実家に戻るたびに娘は祖父母と一緒に寝ている。「前にもそんなことがあった」どころの話ではない。

 それでも、母のなかの情報が更新されていることに少し安堵する。母の記憶の上書きは、まだ完全には終わってはいない。