擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

フエルテベントゥラ紀行(1)

 子育て中の人間にとって、紀行文は非常に相性が悪い。

 なぜかと言えば、むろん子育て中の人間はフットワークがものすごく重いからだ。

 たとえば、紀行文と言われて最初にぼくが思い出すのは、沢木耕太郎さんの『深夜特急』だ。香港からロンドンまでという長大な距離を乗合バスで移動するというこの旅の記録は、多くの若者に影響を与えてきたと言われる。

 しかし、言うまでもなく子連れの人間にこのような旅はまず無理だ。ユーラシア大陸の壮大な風景をバスから眺めつつ、沢木さんなら深みのある思索を始めるであろうまさにその瞬間、隣の我が子からは「つまんない」「飽きた」「帰りたい」という呪詛のようなつぶやきが始まる。最悪のパターンとしては「気持ち悪い」「トイレに行きたい」という発言が続くのである。もし沢木さんが子連れだったとしたら、香港から出られなかった可能性は高い。

 というわけで、子育て中のぼくにとっては非常に書きづらいジャンルであるのだが、今回は紀行文である。いま住んでいるロンドンを数日離れただけの旅行であり、本来であれば紀行文と呼ぶのもおこがましい代物であることは最初に告白しなくてはならない。ともあれ、今回の旅の目的地は、フエルテベントゥラ島である。(下の写真はラクダで移動中に撮影した島の風景)

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 在外研究でロンドンに来た当初から一つ目標にしていたのは、日本からだとアクセスの悪い場所に旅行することであった。そこでまず考えたのが、カリブ海に浮かぶ島々である。イギリスではカリブ海のリゾートは人気があり、新聞の広告にもよく載っている。が、調べてみたところ、飛行機代が高い。いや、一人で行くのであれば何とかなるのだが、家族四人で行くとなると目眩がしそうな値段になる。

 カリブ海を諦めて、次に目をつけたのがカナリア諸島である。アフリカ大陸の東、モロッコの沖合に浮かぶスペイン領カナリア諸島はイギリス人やドイツ人に人気のリゾート地である。しかもカリブ海の島々と比べれば、飛行機代もかなり安い。

 そこでカナリア諸島に焦点を絞ったのだが、それぞれの島がかなり大きく、旅の条件も違う。カナリア諸島のなかでもっともメジャーなのはおそらくテネリフェ島だが、これも予算の関係で結局はフエルテベントゥラ島に落ち着いた。人口は約7万人、カナリア諸島のなかでもアフリカ大陸にかなり近い島だ。

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 こうして、4月の中旬、イースター休暇を利用して我が家はフエルテベントゥラ島に旅立つことになった。日本では普通に平日であり、ぼくがのんびりリゾートしている間にも我が同僚の方々が普通に勤務なされていることを考えると胸が痛む。しかしイギリスにはゴールデンウィークなんてものはないので、その間はきちんと仕事をすることにして良心の呵責を抑える。あと、行きと帰りの飛行機のなかではネットワーク・コミュニケーションの本と国際報道に関する本を真面目に読んでいたことも付け加えておきたい。

 さて、ロンドンからフエルテベントゥラ島へのフライトは約4時間である。このような長距離移動に際して、子育て中の人間がまず考えるべきは、道中どうやって子どもの退屈を紛らわせるか、である。子どもを飛行機に乗せるときには睡眠薬を飲ませろと主張する人が出てくる昨今、子育てファミリーに対する世間のまなざしは厳しい。親としては病気でもないのに子どもに投薬することはできれば避けたいわけで、かといって対策を怠れば飛行機の通路を走り回ったり、ふざけて大声を発したりもしかねない。

 日本にいたときには、新幹線などに乗るさいにはポータブルのDVDプレイヤー(ヘッドホン装備)とツタヤで借りたDVDが必須アイテムだった。これで『ドラえもん』の映画でも見せておけば、とりあえず数時間はもつ。だが、イギリスにいるとこのようなテクニックは使えない。

 そこで、出発当日の朝、ぼくは内緒でニンテンドー3DSに『星のカービィ トリプルデラックス』をダウンロードした。これなら上の子も下の子も両方遊べるはずだ。加えて、iPadにも無料のゲームを数本ダウンロードしておく。

 こうして旅の準備も終え、我が家はフエルテベントゥラ島に旅立った。まずはガトウィック空港への移動だが、ロンドンでの移動はさすがに慣れているので、大きなトラブルはない。ガトウィック空港に到着後、ぼくがこっそり『星のカービィ』を買ったことが奥さんにバレてしまい、難詰されているうちに搭乗時間もすぐにやってきた。

 今回の往路では、Easy Jetという格安サービスが売りの航空会社を利用した。機内食などには追加料金がかかるが、なにせ安い。登場直前に奥さんに料金を伝えたところ「聞かなければよかった」と不安気な顔で言っていた。かくして不安気な奥さんとぼくら家族を乗せ、飛行機は無事にガトウィック空港を離陸したのであった。

 というところで、フエルテベントゥラ島に到着する前にこの文章は終わるのであった。続く!
 …と思う。たぶん…