擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

ベンガル飢饉をめぐるあれこれ

いまから15年ほど前、アメリカの哲学者マイケル・サンデルの講義が話題になったことがある。NHK教育テレビでその様子が放送されたからだ。その講義をまとめた著作が『これからの「正義」の話をしよう』(早川書房)で、これもかなり売れたのではないかと思う…

窪田新之助『対馬の海に沈む』を読んで

話題のノンフィクション、窪田新之助『対馬の海に沈む』(集英社、2024年)を読み終えた。評判に違わぬ傑作だと思う。対馬の海に没したJA職員による巨額の汚職事件がテーマ。良からぬ出来心を抱いた一職員による事件などではなく、この事件の背後には巨大な…

中井遼『ナショナリズムと政治意識』(光文社新書)

中国の世論動向に関する研究報告を聞いていると、日本で言う「右傾化」に近いニュアンスで「左傾化」という言葉が使われることがある。なるほど、国が違えば、左右の意味も違ってくるのかと思う。このように、「右」や「左」という言葉がもつ意味は、国や文…

ネット上での「権力」

権力者とは誰のことか 学術的に言うと「権力」にはいくつも定義がある。一般的なイメージとしてはカネやモノ、人を動かす力をもつ人びとのことを指すのではないかと思う。 具体的には、与党政治家、高級官僚、財界人などがそれにあたる。社会的属性で言えば…

ネット上での評判

もう十年以上前のことだが、ネット上での大きなトラブルに巻き込まれたことがある。 某匿名掲示板では、ぼくの名前の入ったスレッドもいくつか立った。立場的にそれらに何が書いてあるのかを読み、知っておく必要があったので、萎える気持ちを押し殺して、と…

プロパガンダとジャーナリズム

ナチスドイツと『海外特派員』 サスペンス映画の巨匠として知られるアルフレッド・ヒッチコック監督には『海外特派員』(1940年)という作品があります。 物語は1939年8月、米国のとある新聞社から始まります。当時、ナチスドイツの侵略により欧州情勢は風雲…

知識を殺す闘い

10年ほど前、在外研究でロンドンにいたときのことだ。当時、ぼくは自宅の近くにある図書館の自習室をよく使っていた。その内部の壁にはB・B・キングの以下の言葉が書かれていた。 学びの美しさは何人もそれを奪えないことだ(The beautiful thing about lear…

つねに「正しい側」でいたい

ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題』(明石書店、2022年)の終章に、「トランス差別をする人は歴史の誤った側にいる」という物言いへの痛烈な批判がある。この物言いに従うなら、トランスジェンダーを包摂する人は「歴史の正しい側」にいて、受け入…

コロナ禍で人びとは「騒ぎすぎ」なのか

「モラル・パニック」としてのコロナ禍 いつものようにツイッターを眺めていたら、評論家・思想家の東浩紀氏による以下のツイートが目に入ってきた。日本では感染者数も死者数も欧米に比べて累計では格段に少ない。それはいまも変わってないのに、ワクチンが…

結局は「制度」が大切なのだ、という話

いまから20年以上前、英国のホームレス報道ついて分析した論文で、以下のような指摘がなされている。 よりリベラルであったり、ホームレスに対して同情的なアプローチに立脚する一部のメディアは、その他のメディアに劣らずステレオタイプに依拠している。公…

「弱者男性」をめぐる境界線

さいきん、ネットでよく「弱者男性」にかんする主張を目にするようになった。フェミニズム運動が活発化するなかで、「男性」と一括りにされ、「権力をもつ側」に位置づけられることに対する反発だと言えるのではないかと思う。この問題については、以前にも…

見る側/見られる側の物語

話題のドラマ『MIU404』の最終回が終わった。 以下は壮大なネタバレ記事なので、視聴していない人はここから先は読まないように。とても面白いドラマなので、見て損はない(おすすめ)。 「見る側」でいようとする意志 というわけで、本題である。 最終回の…

「女神」はなぜ問題なのか

メディアの注目を集めた少女の声 2014年7月、イスラエル軍によるガザ地区侵攻が開始された。そのさいに国際的な注目を集めたのが、ガザ地区に暮らす一人の少女のツイートである。少女の名はファラ・ベイカー、当時16歳であった。彼女は得意の英語を駆使して…

ネット上で社会学者の評判はなぜ悪いのか

こんなタイトルのエントリを書くというのは、正直、悩ましい。 というのも、ぼくは社会学の正規教育は受けておらず、自分が社会学者だとはちょっと名乗れないからだ(制度的な理由で学位は「法学」だ)。 とはいえ、社会学部に勤務しているのは確かだし、社…

「人間として扱われること」の希望と絶望

「人間」やりたいよっ! 先日、はてなブックマークでこんなエントリが話題になった。anond.hatelabo.jpかいつまんで言うと、こういう話だ。自分の外見についてずっと嫌な思いをしてきた女性が、外見ではなく仕事の力量で評価される職場に入り、ようやくその…

役割を担うこと

ぼくが高校生のときの話だ。 学校の講演会で、視覚障害をもつ男性のお話をうかがう機会があった。詳細はさすがに覚えていないが、一つだけとても印象に残る話があった。 その方には、まだ小さなお子さんがいた。ときどき、その方のところに「お父さん、本読…

歴史を取り戻すためには

「歴史学者から歴史を取り戻そう」という主張が話題になっている。以前から一部でそういう主張は行われてきたわけだが、またしても注目を集めているようだ。 ぼくは歴史学をちゃんと学んだわけではない。だが、過去の事象をテーマにした論文を書くこともあり…

表現の差別性を告発すること

いまも昔も、ネットでのコミュニケーションでは諍いが絶えない。昨日はあちらで、今日はこちらで、といった感じで、いろいろなところで火の手が上がる。 それらの「論争」を眺めていると、対立している双方が強い被害者意識を持っていることが少なくない。と…

オリンピックとナショナリズム

「羽生選手すごい」と「日本人すごい」 オリンピックでたびたび話題になるのが、ナショナリズムの問題だ。国家の代表同士が競い合うのだから、応援をしているだけでも他国にたいするライバル意識は高まる。「国民」としての意識も持ちやすくなる。 先日、ジ…

非凡なものを何も持ち合わせていないことの発見

平昌オリンピックが開幕中である。政治的な問題がいろいろと取り沙汰されているが、なんだかんだ言って、それなりに競技の結果も話題になっているように思う。 今だから言えることだが、ぼくは昔、オリンピックに出たいと思っていた。中学3年生のころの話で…

『秒速5センチメートル』と『君の名は。』を隔てるもの(改訂)

以下のエントリは、『秒速5センチメートル』、『国境の南、太陽の西』。『君の名は』のネタバレを含みます。 『君の名は。』エントリふたたび 2016年の終わりに、「『秒速5センチメートル』と『君の名は。』を隔てるもの」というタイトルのエントリを書いた…

政治家と有権者とメディアの不幸な関係

政治家は自分ことしか考えてない? 批評家の東浩紀氏が今度の選挙で「積極的棄権」を呼びかけたということが話題を呼んでいる。 この呼びかけに対しては多くの批判がなされており、いまさらぼくが言うべきことは特にない。特にないのだが、東氏の問題意識に…

ファンの心理、アンチの心理

これを読んでいる方に想像してもらいたい。 みなさんが大好きな誰か、できれば努力家が良いのだけれども、その誰かが学業や仕事で成功したという話を耳にしたとしよう。その時、どんな感想を抱くだろうか? 「ああ、アイツ、頑張ってたもんな」「努力の成果…

弱者男性問題について考える

ここ数年来、ネットでよく目にするのが「キモくてカネのないおっさん」にまつわる問題である*1。 ぼくなりに解釈すれば、「女性であること」や「外国籍であること」にまつわる問題はマスメディアやネットでもさかんに論じられる一方、外見や所得、性的パート…

性犯罪をあえて語らないこと

性犯罪というのは語ることが難しいテーマだとつくづく思う。 さまざまな価値観がぶつかるがゆえに、どのように論じようとも批判を招き寄せてしまう。加えて、そこに政治的な問題がリンクすれば、なおさらである。 ということで、このエントリで取り上げたい…

イエスの方舟事件から見る「出会い系バー」報道

読売新聞の「出会い系バー」報道 加計学園の獣医学部設置認可をめぐる疑惑に関連して、前川喜平・前文部科学事務次官の言動がメディアの注目を集めている。 ここでは獣医学部の件は措いて、同氏の「出会い系バー」をめぐる報道について述べておきたい。もち…

悲劇がもたらす命

そろそろDVDも発売になるということで、さすがに『君の名は。』のネタバレをしても許されるだろう。ということで、以下では物語の核心に迫るネタバレがあります。--- 『君の名は。』では、隕石の落下によって巨大な悲劇が発生する。で、なんやかんやあっ…

偽物の愛国心?

ジョンソンによる警句の背景 先日のエントリについて、サミュエル・ジョンソンに関する説明が足りないのではないか、という指摘を受けた。そこで補足を…と思ったのだが、残念ながらぼくは18世紀の英国について専門的に研究しているわけではない。 そこで手抜…

「愛国教育」の行き着くところ

愛国的な教育を標榜する小学校が大きな話題になっている。 森友学園による元国有地の取得価格が安すぎるのではないかという疑惑に端を発して、さまざまな問題が語られている。言うまでもなく、国有地の取得過程や同学園の教育内容に関して、語りうる資格をぼ…

拙著『ナショナリズムとマスメディア』について

これは「ステマ」ではない 「ステマ」という言葉は、消費者のフリをして特定の商品やサービスの購入に他の消費者を誘導することを指す。以下の文章は、本を買って欲しい、あるいはせめて最寄りの図書館にリクエストを出して欲しいという著者の切なる願いの反…