擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

つねに「正しい側」でいたい

ショーン・フェイ『トランスジェンダー問題』(明石書店、2022年)の終章に、「トランス差別をする人は歴史の誤った側にいる」という物言いへの痛烈な批判がある。この物言いに従うなら、トランスジェンダーを包摂する人は「歴史の正しい側」にいて、受け入…

コロナ禍で人びとは「騒ぎすぎ」なのか

「モラル・パニック」としてのコロナ禍 いつものようにツイッターを眺めていたら、評論家・思想家の東浩紀氏による以下のツイートが目に入ってきた。日本では感染者数も死者数も欧米に比べて累計では格段に少ない。それはいまも変わってないのに、ワクチンが…

結局は「制度」が大切なのだ、という話

いまから20年以上前、英国のホームレス報道ついて分析した論文で、以下のような指摘がなされている。 よりリベラルであったり、ホームレスに対して同情的なアプローチに立脚する一部のメディアは、その他のメディアに劣らずステレオタイプに依拠している。公…

「弱者男性」をめぐる境界線

さいきん、ネットでよく「弱者男性」にかんする主張を目にするようになった。フェミニズム運動が活発化するなかで、「男性」と一括りにされ、「権力をもつ側」に位置づけられることに対する反発だと言えるのではないかと思う。この問題については、以前にも…

見る側/見られる側の物語

話題のドラマ『MIU404』の最終回が終わった。 以下は壮大なネタバレ記事なので、視聴していない人はここから先は読まないように。とても面白いドラマなので、見て損はない(おすすめ)。 「見る側」でいようとする意志 というわけで、本題である。 最終回の…

「女神」はなぜ問題なのか

メディアの注目を集めた少女の声 2014年7月、イスラエル軍によるガザ地区侵攻が開始された。そのさいに国際的な注目を集めたのが、ガザ地区に暮らす一人の少女のツイートである。少女の名はファラ・ベイカー、当時16歳であった。彼女は得意の英語を駆使して…

ネット上で社会学者の評判はなぜ悪いのか

こんなタイトルのエントリを書くというのは、正直、悩ましい。 というのも、ぼくは社会学の正規教育は受けておらず、自分が社会学者だとはちょっと名乗れないからだ(制度的な理由で学位は「法学」だ)。 とはいえ、社会学部に勤務しているのは確かだし、社…

「人間として扱われること」の希望と絶望

「人間」やりたいよっ! 先日、はてなブックマークでこんなエントリが話題になった。anond.hatelabo.jpかいつまんで言うと、こういう話だ。自分の外見についてずっと嫌な思いをしてきた女性が、外見ではなく仕事の力量で評価される職場に入り、ようやくその…

役割を担うこと

ぼくが高校生のときの話だ。 学校の講演会で、視覚障害をもつ男性のお話をうかがう機会があった。詳細はさすがに覚えていないが、一つだけとても印象に残る話があった。 その方には、まだ小さなお子さんがいた。ときどき、その方のところに「お父さん、本読…

歴史を取り戻すためには

「歴史学者から歴史を取り戻そう」という主張が話題になっている。以前から一部でそういう主張は行われてきたわけだが、またしても注目を集めているようだ。 ぼくは歴史学をちゃんと学んだわけではない。だが、過去の事象をテーマにした論文を書くこともあり…

表現の差別性を告発すること

いまも昔も、ネットでのコミュニケーションでは諍いが絶えない。昨日はあちらで、今日はこちらで、といった感じで、いろいろなところで火の手が上がる。 それらの「論争」を眺めていると、対立している双方が強い被害者意識を持っていることが少なくない。と…

オリンピックとナショナリズム

「羽生選手すごい」と「日本人すごい」 オリンピックでたびたび話題になるのが、ナショナリズムの問題だ。国家の代表同士が競い合うのだから、応援をしているだけでも他国にたいするライバル意識は高まる。「国民」としての意識も持ちやすくなる。 先日、ジ…

非凡なものを何も持ち合わせていないことの発見

平昌オリンピックが開幕中である。政治的な問題がいろいろと取り沙汰されているが、なんだかんだ言って、それなりに競技の結果も話題になっているように思う。 今だから言えることだが、ぼくは昔、オリンピックに出たいと思っていた。中学3年生のころの話で…

『秒速5センチメートル』と『君の名は。』を隔てるもの(改訂)

以下のエントリは、『秒速5センチメートル』、『国境の南、太陽の西』。『君の名は』のネタバレを含みます。 『君の名は。』エントリふたたび 2016年の終わりに、「『秒速5センチメートル』と『君の名は。』を隔てるもの」というタイトルのエントリを書いた…

政治家と有権者とメディアの不幸な関係

政治家は自分ことしか考えてない? 批評家の東浩紀氏が今度の選挙で「積極的棄権」を呼びかけたということが話題を呼んでいる。 この呼びかけに対しては多くの批判がなされており、いまさらぼくが言うべきことは特にない。特にないのだが、東氏の問題意識に…

ファンの心理、アンチの心理

これを読んでいる方に想像してもらいたい。 みなさんが大好きな誰か、できれば努力家が良いのだけれども、その誰かが学業や仕事で成功したという話を耳にしたとしよう。その時、どんな感想を抱くだろうか? 「ああ、アイツ、頑張ってたもんな」「努力の成果…

弱者男性問題について考える

ここ数年来、ネットでよく目にするのが「キモくてカネのないおっさん」にまつわる問題である*1。 ぼくなりに解釈すれば、「女性であること」や「外国籍であること」にまつわる問題はマスメディアやネットでもさかんに論じられる一方、外見や所得、性的パート…

性犯罪をあえて語らないこと

性犯罪というのは語ることが難しいテーマだとつくづく思う。 さまざまな価値観がぶつかるがゆえに、どのように論じようとも批判を招き寄せてしまう。加えて、そこに政治的な問題がリンクすれば、なおさらである。 ということで、このエントリで取り上げたい…

イエスの方舟事件から見る「出会い系バー」報道

読売新聞の「出会い系バー」報道 加計学園の獣医学部設置認可をめぐる疑惑に関連して、前川喜平・前文部科学事務次官の言動がメディアの注目を集めている。 ここでは獣医学部の件は措いて、同氏の「出会い系バー」をめぐる報道について述べておきたい。もち…

悲劇がもたらす命

そろそろDVDも発売になるということで、さすがに『君の名は。』のネタバレをしても許されるだろう。ということで、以下では物語の核心に迫るネタバレがあります。--- 『君の名は。』では、隕石の落下によって巨大な悲劇が発生する。で、なんやかんやあっ…

偽物の愛国心?

ジョンソンによる警句の背景 先日のエントリについて、サミュエル・ジョンソンに関する説明が足りないのではないか、という指摘を受けた。そこで補足を…と思ったのだが、残念ながらぼくは18世紀の英国について専門的に研究しているわけではない。 そこで手抜…

「愛国教育」の行き着くところ

愛国的な教育を標榜する小学校が大きな話題になっている。 森友学園による元国有地の取得価格が安すぎるのではないかという疑惑に端を発して、さまざまな問題が語られている。言うまでもなく、国有地の取得過程や同学園の教育内容に関して、語りうる資格をぼ…

拙著『ナショナリズムとマスメディア』について

これは「ステマ」ではない 「ステマ」という言葉は、消費者のフリをして特定の商品やサービスの購入に他の消費者を誘導することを指す。以下の文章は、本を買って欲しい、あるいはせめて最寄りの図書館にリクエストを出して欲しいという著者の切なる願いの反…

マスコミュニケーション論で語る「桃太郎」

今を遡ること数年前、「桃の鬼退治」が世間の注目を集めるという出来事があった。 以下は、一人のマスコミュニケーション研究者として、それを記録しておかねばならないという義務感によって書かれた文章である。ただし、多くの部分を知人からの伝聞情報に依…

「ポスト事実」の時代をいかに越えるか

「ポスト真実」は使いづらい 今年も残りわずか…と書こうと思っていたら、年が明けていた。 ということで、2017年最初のエントリは流行語ともなった「ポスト真実(post-truth)」について考えたい。 正直に言えば、「ポスト真実」というのは使いづらい言葉だ…

『秒速5センチメートル』と『君の名は。』を隔てるもの

12月末なのに『君の名は。』は満席だった ぼくの同僚である鈴木智之先生からご恵投いただいた『顔の剥奪』(青弓社、2016年)という著作を読んでいたら、急に映画『君の名は。』をもう一度見たくなった。9月に一度見ただけなので、このエントリを書くにあた…

『何者』が描く「メタ目線王決定戦」

以下は、朝井リョウの小説『何者』に関する文章であり、物語の核心に触れています。なので、小説や映画を未読、未視聴の方で、ネタバレは困るという方は読まないようにして下さい。 昨日、ツイッターを見ていたら、劇場版の『何者』が熱く語られているのが目…

(書評)「プロパガンダ」史観の限界

素人が挑む「南京事件」 この八月、いわゆる「南京事件」を論じた二冊の書籍が出版された。 一冊は有馬哲夫『歴史問題の正解』(新潮新書)、もう一冊は清水潔『「南京事件」を調査せよ』(文藝春秋)だ。有馬は冷戦期プロパガンダ研究などで有名なメディア…

犯罪と社会構造

容疑者は「特殊な人間」か 相模原の障害者施設で陰惨な事件が起きた。 事件そのものについてはまだ解明が始まったばかりなので、特に書くことはないし、書くべきでもないだろう。ここで取り上げたいのは、事件についての<語り>である。 まず紹介したいのは…

大学生はなぜ勉強したほうがよいのか

社会学部の同僚である藤代先生が大学1年生に向けて、大変に熱いエントリを書いておられる。gatonews.hatenablog.com 在学中も、そして卒業したあとも、学び続ければ就職や仕事で可能性が広がっていくというのは正論だろう。大企業にさえ入れば一生安泰なん…