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擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

ぼくの良識

 自分で言うのも何なのだが、ネット上でのぼくはわりと良識的なのではないかと思う。

 ツイッターやブログでも攻撃的だったり差別的だったりすることはなるべく書かないようにしているし、ぼくが書いたものを読んで傷つく人がいなければいいなとも思っている。もちろん、書いているものが下らない、内容がない、間違っている等々の批判はあるとは思っているが、それとこれとは別の話だ。

 そんな良識的なぼくのことだ、ツイッターでフォローしている人たちも良識的な人たちばかりだ。政治的な書き込みは多いけれど、人を差別したり中傷したりする人はいない。ただ最近は、ぼくがフォローしている人のあいだでいざこざが多いのが気になると言えば気になる。

 そんなぼくのタイムラインをさいきん賑わせているのが、「反差別や平和を掲げているのに差別的だったり、攻撃的だったりする人」に関する話題だ。ぼくも以前のエントリで、そういう人たちを批判したことがある。

 彼らのなかには反差別や平和を掲げているにもかかわらず、意見の異なる人たちに対して脅迫的なツイートをしたり、個人情報を暴露したり、差別的な言葉を投げかけたりする。あるいは、自分たちを批判する人が非常勤講師をしている大学に「辞めさせろ」という抗議を行ったという話も聞いた。良識的だと自負する人間としては、やはり問題だと感じざるをえない。

 こういう話を聞くと、結局、反差別だとか言っても、差別を行っている連中と同じ穴の狢ではないかという気持ちになってくる。まさに「どっちもどっち」だ。『差別の現在』という著作の以下の記述は、こうした気分をうまく要約してくれていると思う。

ヘイトスピーチが新聞紙上で盛んに報道されている。ある記事を読んでみる。そこには、ある集団が「朝鮮人出て行け!」と連呼し、他方で「レイシスト(人種差別主義者)!お前たちこそ出て行け!」と別の集団からの怒号が飛び交う。そして多くの人びとが、眉をひそめて、彼らの様子を遠巻きにしてみていると書かれていた。

記事は、朝鮮人差別をめぐる粗暴で硬直した言葉の応酬を伝えている。反差別を訴える言葉もまた、排除や差別を叫ぶ暴力的な声と同じ次元で対抗しており、その意味で同じように粗暴で硬直した叫びなのである。
(出典)好井裕明(2015)『差別の現在』平凡社新書、p.105。

 加えて言えば、差別者を糾弾する言葉のなかに、しばしば別の種類の差別が入り込んでしまう。だからこそ、差別を批判しているはずが、別の差別に加担するかのような構造が生まれてしまう。先の引用文でも書かれているように、良識的なぼくとしては、眉をひそめたくなるし、近づかないでおこうという気持ちにもなる。

 もちろん、差別は良くないことだ。ぼくの良識的なタイムラインには批判の意味を込めたリツイート以外ではヘイトツイートは滅多に登場しないけれども、それでもヤフーのコメント欄やはてなブックマークで上がってきたサイトなどで、差別的な書き込みを見ることはある。良識的なぼくはもちろん眉をひそめる。けれども、そんなのをいちいち気にしても仕方がない。だから少しのあいだ眉をひそめるだけで、さっさとスルーしてしまえばいい。1分後にはもう忘れている。

 差別と言えば、ぼくのタイムラインでもたまに差別を激しく批判している人もいる。でも、少し気にしすぎなのではないかとも思う。少しぐらい差別的なリプライをされたところで、気にしても仕方がない。

 だいだい、そんなに差別なんてされているのかよと思い、その人にどんなリプライがなされているのかを調べてみる。

「いいから帰れ」「ああ、日の丸燃やす輩の事か。確かにテロリスト予備軍だな(^o^)/」「怖い!在日韓国人を扇動するお前の罪は重い」「典型的な差別反対を叫ぶ差別主義者「相変わらず醜悪な面だからキチガイだらけなのに一発でわかったわ(笑)」「今こそ祖国で立ち上がれ! そして、日本には帰ってこないでください」「在日と言う国籍は無い!オマエが言う在日は日本にとって存在が迷惑な在日朝鮮人である」「南北統一の機運が盛り上がってきた。祖国での活躍のチャンスだ。早いほうがいいと思うぞ」「朝鮮文化を継承し誇るなら? チョゴリの正しい着方を学ぶべきだなw(この後、差別的なサイトへのリンク)」「差別だのと不都合な真実を言論封殺する在日集団凸撃かw」「韓国人と結婚し韓国に帰国しても日本の特別永住許可にしがみつく在日? 日本には、差別は無く、在日特権が有るという証かw」「難民を利用すんな、カス」「相変わらず下品で気持ち悪いツイート」「つーか在日が政治活動すんなよ 自分の祖国でやれ」「日本人を差別しないで下さい。日本人を平和に暮らさせて下さい!」「吐く息がウンコ臭いんだよ とっとと日本から出て行け!」「あなたが我々日本人へのヘイトスピーチをしていますね」「そもそも、日本に差別なんて無い」「なるほど。だから嫌韓が増えるんでしょうね。」「いつまでも日本に居座り悪さ嫌がらせ? 在日こそ恥ずかしいw」「祖国に帰って韓国朝鮮のためにがんばってくれ」「差別ゴロとして、法廷で抗い居直る韓違いw 在日の連鎖を断ち切ろう!」「精神異常のせいでは?」「都合の悪いことはすぐ忘れる、精神異常者」「いっそのこと、<<ヘイト半島>>って改名したらどうよwww」「(●>艸<):;*.':;.ブッ!ヘイト半島ピッタリです。」「在日朝鮮人過激派に注意」「お前ら朝鮮人は本当に頭悪いな」「ついに狂ったか…(笑)」

 ここ2週間ほどのリプライだ。わかりやすいものだけを抜粋し、文脈的にわかりにくいものは除いてあるから、実際にはこれよりもはるかに多い。これが一人の人物に向けられている(注1)。

 集団全体に向けられたものを知りたければ、ツイッター検索を使って「朝鮮人」で検索すればいい。1分間のあいだに5~10ツイートぐらいの勢いでヘイトツイートが量産されているのがわかる。自動でヘイトを撒き散らすボットが動いているのだろう。それが、2015年の日本のインターネット。

 それでも、ヘイトツイートは、そのターゲットとなった人たちの通知欄にたまっていくが、良識的なぼくのタイムラインには表示されない。それを批判するツイートもそれほど見ない。もはやインターネットではヘイトスピーチが日常化されていて、改めてそれを批判したところで目新しさもない。目新しくないということは、それが自分に向かってこないかぎり、存在しないのと一緒だ。だいたい、懸命に抗議の声を上げるような振る舞いはスマートじゃない。

 その一方で、反差別や平和を掲げているのに差別的だったり、攻撃的だったりする人たちの存在は、そのギャップからしてもわりと新鮮だ。しかも、やっていることは確かに酷い。だから、それは一生懸命に批判するのが良識だ。マスメディアでも取り上げられたではないか!

 かくして、ぼくの良識は守られる。ぼくのタイムラインではないところで差別は続くが、たまに遭遇したとしても、眉をひそめるだけでいい。

 それが、ぼくの良識。


(注1)こういう話を知人にしたところ、「ネットでいろいろと書くからじゃないんですか」という反論が返ってきたことがある。「いじめは、いじめられている側に原因がある」といった主張にはおそらく反対する人物だ。ところが、国籍のラインをまたいだところで「いじめは、いじめられる側に原因がある」のと同型の主張があっさりと息を吹き返す。