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擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

(書評)「プロパガンダ」史観の限界

素人が挑む「南京事件

 この八月、いわゆる「南京事件」を論じた二冊の書籍が出版された。

 一冊は有馬哲夫『歴史問題の正解』(新潮新書)、もう一冊は清水潔『「南京事件」を調査せよ』(文藝春秋)だ。有馬は冷戦期プロパガンダ研究などで有名なメディア研究者、清水は桶川ストーカー事件や足利事件などの報道で知られる日本テレビの記者である。

 ここで注目したいのは、どちらも「南京事件」の専門家ではないという点だ。実際、清水の著作を見ると「南京事件」は「相当に面倒そうなテーマである」といった後ろ向きな記述や、事件に関する書籍の多さに愕然となるシーンなど、清水自身がこの事件について詳しい知識を持たなかったことが正直に吐露されている。

 他方、有馬の著作は「本書は日本、アメリカ、イギリスの公文書館大学図書館で公開されている第一次資料に基づいて歴史的事実を書いたものである」という書き出しに象徴されるように、あくまで客観的な研究者としての立場性を前面に押し出している。

 この部分だけを見れば、清水の著作は有馬のそれに比べて、相当に信頼性が落ちるという評価も可能かもしれない。しかし、評者の判断としては、清水の著作を前にすると、有馬の著作は勇み足に過ぎると言わざるをえない。もちろん、評者自身、「南京事件」については清水以上の素人である。したがって、以下はあくまでその素人としての感想である。

南京事件は中国のプロパガンダ」?

 有馬の『歴史問題の正解』の帯には、「南京事件は中国のプロパガンダ」という文章があり、そこに「○」がついている。つまり、それが正解だということだ。

 ここで気になるのは、「プロパガンダ」という言葉の意味である。多くの場合、そこには「虚偽」という意味合いが含まれる。この意味からすれば「南京事件と呼称される虐殺行為は存在しなかった」という解釈も導かれうる。

 ところが、その解釈は正しくない。

 この著作のなかで有馬は、1937年12月に南京で日本軍による殺戮行為や性暴力があったということを否定していない。その意味では、南京での出来事に関する認識において、有馬と後述する清水との距離はそれほど遠くないのである。有馬は言う。

これらの(一般市民に対する:引用者)残虐行為と暴行は戦闘行為とはいえず、いかなる弁解の余地もない。この点は、重く受け止め、日本軍の非を認めるべきだろう。この部分までも否定すると、誠実さを疑われ、再三いうが、国際世論を敵にまわすことになる。
(出典)有馬哲夫(2016)『歴史問題の正解』新潮新書、p.33。

 したがって、帯から「虐殺は事実無根」論を期待して本書を紐解いた読者は肩透かしを食らうことになる。編集者の勝利である。ただ、帯だけを見て「虐殺は事実無根」という印象を強める人がいないことを願うばかりである。

 それでは、有馬が言うプロパガンダとは何か。

 本書で有馬が主張するのは「南京事件WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)によって日本人に罪悪感を植え付けるために利用され、この時点で被害者数は2万人とされていた」「日本軍が30万人も殺害できるはずがない」「虐殺が起きた責任は、日本軍よりも国民党軍のほうがはるかに大きい」という点である。つまるところ、「日本軍のせいで30万人が虐殺された」というのがプロパガンダということになる。

 この点を明らかにするため、有馬は図書館や公文書館の「一次資料」をもとに客観的事実を提示していく。巻末にはその資料を示す脚注も付され、反論があるなら資料をもってせよ、と主張する。ここまでは研究者として誠実な態度といえる。

 しかし、その脚注を見ていくと、不思議な印象を覚える。「一次資料」によって示されるのは「南京事件に関する占領軍のプロパガンダ」に関するものが多く、南京事件そのものに関しては、有馬がイギリスで発見したというキリスト教宣教師の手記が一つ、別の人物の編集による資料集が二冊、二次文献が一冊列挙されているだけである。実際、南京での「歴史的事実」の記述においては、そのほとんどに脚注がない。

 それゆえ、先の主張のうち、有馬自身が発見した一次資料によって裏付けられるのは、「南京事件WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)によって日本人に戦争に対する罪悪感を植え付けるために利用された」という部分だけである。その事実だけをもって、南京事件という歴史的事象の「正解」を語ってしまうのは、研究者としていかがなものかという印象を拭えない。

 たとえば有馬は、「南京城内には25万人しかいなかったのに、日本軍が30万人もの人間を虐殺できるはずがない」という「南京事件」を否定するさいにしばしば展開される主張をそのまま踏襲している。しかし、それに対しては、「南京事件」とはそもそも南京城内のなかだけで起こった虐殺を指すのではなく、その周囲の広範囲の地域で、しかも6週間から数ヶ月にわたって生じた事象を指すという反論もなされている(清水の著作も同様の立場にたっている)。有馬の主張が「客観的事実」として受け入れられているわけではないのだ。

 また、「虐殺が起きた責任は、日本軍よりも国民党軍のほうがはるかに大きい」という主張に関して言うなら、戦闘に勝利した側である日本軍の行動について、有馬はしばしば「仕方がなかった」「正当防衛」という論理を用いて説明する。他方、敗北を喫した側の国民党軍の行動については、組織的な撤退が行われなかった点について「仕方がなかった」という論理は一切用いられない。この解釈に有馬自身の価値判断が相当に含まれていることは否定しがたい。いかに困難な状況にあろうとも、実際に手を下した側の責任をより軽く評価するという発想にはやはり違和感が残る。

 加えて有馬は、日本軍司令官の松井石根の責任を重く見るが、それでも彼が戦犯として処刑された事実をもって、日本軍全体および日本の一般国民の免責を図っている。松井の独走が悪かったのであり、その罪は償われた以上、その他の日本人は関係ないという論理である。しかし、現場の司令官の独走を許したということであれば、組織全体のガバナンスの問題が問われてしかるべきではないだろうか。

 まとめるなら、本書で語られる「正解」は、あくまで「プロパガンダ」研究者としての有馬自身の解釈を出るものではない。無論、WGIPに関する有馬の発見は、それ自体では貴重なものである。しかし、そこから南京事件という事件全体について語ってしまったところに、研究者としての勇み足があったと言わざるをえないように思う。

虐殺を消し去ろうとする力

 自己の客観性を標榜する有馬に対し、ジャーナリストである清水は素人としての自覚のもと、とにかく事実に対して誠実であろうとしている。清水は中国の「南京大虐殺記念館」を訪問し、無料で営まれているその施設や、その内部で繰り返し強調される「30万」という数字にプロパガンダの匂いを嗅ぎとる。

 その一方、南京での出来事に関する旧日本兵の証言を30年近くにわたって収集し続けてきた小野賢二にも協力を仰ぎ、彼が収集した手記や、証言を収録したテープやビデオを入手する。のみならず、自身でも旧日本兵と接触して証言を聞き、その裏付けのために他の証言や公文書を精査する。現地に赴き、虐殺の現場を写したとされる写真にある山の稜線を確認する。結果、被害者の総数を明らかにすることはできないとはいえ、否定しようもない事実として旧日本軍による凄惨な殺戮が姿を現す。

 たとえば、小野が収集した旧日本兵の手記の一つには、以下のような記述があったという。

 拾二月拾六日 晴
 午后一時我ガ段列ヨリ二十名ハ残兵掃湯ノ目的ニテ馬風山方面ニ向フ、二三日前捕慮セシ支那兵ノ一部五千名ヲ揚子江ノ沿岸ニ連レ出シ機関銃ヲ以テ射殺ス、其ノ后銃剣ニテ思フ存分ニ突刺ス、自分モ此ノ時バカリト憎キ支那兵ヲ三十人モ突刺シタ事デアロウ。
 山となって居ル死人ノ上をアガツテ突刺ス気持ハ鬼ヲモヒ丶ガン勇気ガ出テ力一ぱいニ突刺シタリ、ウーン/\トウメク支那兵ノ声、年寄モ居レバ子供モ居ル、一人残ラズ殺ス、刀ヲ借リテ首ヲモ切ツテ見タ、コンナ事ハ今マデ中ニナイ珍ラシイ出来事デアツタ、
(出典)清水潔(2016)『「南京事件」を調査せよ』(文藝春秋)、pp.52-53。

 揚子江の河原で行われた捕虜の大量虐殺。機関銃による銃撃から逃れるため、捕虜たちは逃げ惑い、他の捕虜の死体によじ登ることで3メートル以上にも及ぶ人間の柱が出現したのだという。

 このような虐殺の記録は、小野や清水が収集した複数の手記や証言に現れ、何らかの「工作」によってでっち上げられた可能性は著しく低い。むしろ、清水の調査から浮かび上がるのは、有馬が言う意味での「プロパガンダ」とは異なる意味でのプロパガンダ、もしくは圧力の存在である。
 南京攻略に参加した海軍駆逐艦に乗船していた元兵士は、長崎の佐世保に帰港したさい、次のような注意を受けたのだという。

「下船する時、当直士官にこう忠告されたんです。『南京で見たことは決して口外するな』と。当直士官が考えたことではなくて、艦長とか、上層部からの指令がそういう形で伝えられたと思います。その時、私もやっぱりあれはマズイんだなあと感じましたね」
(出典)前掲書、p.134。

 虐殺に関する記憶は多くの場合、図書館や公文書館に記録されることなく、歴史の彼方へと消え去っていく。しかも、この引用文で示されるように、それらを意図的に消し去ろうという動きも存在する。それを食い止めるのが研究者やジャーナリストの仕事なのだとすれば、長年にわたって手記や証言を集めてきた小野は言うまでもなく、「南京事件」の素人であった清水の仕事も、その名に値するものと言えよう。

「プロパガンダ批判」の陥穽

 まとめるなら、南京での出来事の事実認識に関して、実はそれほど大きな開きのない有馬と清水の違いは、前者が<加害に対する罪悪感をターゲットに植え付けるプロパガンダ>を論じているのに対し、後者はそれを意識しつつも<加害の事実を隠蔽しようとするプロパガンダ>に焦点を当てている点に求められる。

 だが、それ以上に際立つのは、歴史的な事象に対する態度の相違である。繰り返しになるが、清水は素人であることを自覚しつつ、可能な限り多角的に出来事に迫ろうとしている。それに対し、有馬は「南京事件」の「正解」を語ると言いつつ、事件そのものについてはほぼ二次資料に依存するかたちで記述を行っている。

 そもそも、有馬の『歴史問題の正解』は、「南京事件」のみならず、真珠湾攻撃、原爆投下、日韓国交正常化まで、数多くの歴史的トピックについて「正解」を述べている。しかし、それらの事象については膨大な数の専門家が存在し、様々な見解の相違が存在するはずである。多くの一次資料を見ているとはいえ、これだけ多くのトピックを一刀両断するというのは、研究者であればおよそ考えられない態度である。

 ここで邪推をするなら、この全能感こそが「プロパガンダ批判」の怖さではないかと思う。「一次資料」からプロパガンダの存在を知ることで、それが歴史の一側面でしかないにもかかわらず、「歴史の真実」を知ったという発想になる。積み重ねられてきた膨大な知見を一足飛びにして、「プロパガンダ批判」の観点から歴史的事象の「正解」を導き出してしまう。

 だが、「ある事象がプロパガンダとして喧伝された」という事実は、事象そのものについては何も教えてくれない。その欠落を二次資料で埋め合わせつつ、「これは一次資料に基づく著作である」と標榜するなら、それ自体がプロパガンダだと言わざるをえない。この意味で、有馬の著作は「歴史問題の正解」たりえない、というのが評者の判断である。

 したがって、「南京事件」について何かを学びたいのであれば、評者は有馬の著作ではなく、清水の著作を薦める。(敬称略)

犯罪と社会構造

容疑者は「特殊な人間」か

 相模原の障害者施設で陰惨な事件が起きた。

 事件そのものについてはまだ解明が始まったばかりなので、特に書くことはないし、書くべきでもないだろう。ここで取り上げたいのは、事件についての<語り>である。

 まず紹介したいのは、藤田孝典さんの記事である。この記事で藤田さんは、事件の背後に障害者施設を取り巻く社会構造があると論じている。一部を引用したい。

労働の内容に比べ、対価があまりにも安すぎるのです。障害者施設の職員だけでなく、介護士や保育士もそうですが、これまで家族に委ね、押し付けてきた分野が、少しずつ社会化しているわけですが、その労働環境があまりにも劣悪で、半分ボランティアのような状況で働かせられている。容疑者が社会福祉というものに対しての欺瞞性を感じていたことは確かです。
 悲劇を二度と起こさないためにはどうすればいいのか。課題は山のようにありますが、彼が特殊な人間でないということ。まず誰もが内面に差別なり偏見というものをもっているんだということを受け止めなければならない。
(出典)なぜ殺人鬼は生まれたか 「人間らしさ」を奪う障害者施設の現実 http://ironna.jp/article/3728?p=1

 このように、藤田さんは容疑者が「特殊な人間ではない」として、福祉関連の施設で働く人びとと容疑者を連続線上に位置づけている。つまり、構造的な問題が改善されなければ、同じような凶行に走る人が出てきてもおかしくないという論理になっている。

 藤田さんのこうした見解に対して、大野更紗さんはツイッターで厳しい批判を加えている。これもその一部を引用しておこう。

労働環境が厳しい作業所や施設は、全国に残念ながら沢山あります。職員の待遇改善は必ずなされるべき事です。しかし厳しい労働環境であるからといって利用者を殺傷したりは職員は絶対にしません。今回の事件の特殊性と、ワーカーの待遇改善は、異なる次元で冷静に議論されるべきことだと考えています。現在施設入所なさっている障害のある方々の心情を、二次的に脅かしてはならないからです。
(出典)https://twitter.com/wsary/status/758665249117450242およびhttps://twitter.com/wsary/status/758665416705126400

 このように大野さんは今回の事件の容疑者と障害者施設で働く人たちとを連続線上に位置づけることを明確に否定する。言い換えれば、この事件の容疑者はあくまで「特殊な人間」であって、彼が抱えていた問題を安易に障害者施設で働く人たちに敷衍すべきではないということになるだろう。

 それでは、この二つの立場について、どのように考えればよいのだろうか。

永山事件を考える

 ここで古い事件ではあるが、1968年に発生した永山則夫連続射殺事件について取り上げたい。この事件の加害者である永山則夫は、米軍基地から盗んだ銃を使い、1ヶ月足らずのあいだに4人を射殺している。1990年に死刑が確定し、1997年に執行された。

 永山は崩壊家庭で育った。幼いころに一度は親からも棄てられ、ゴミ漁りで食料を得るなど、極貧のなかで幼少時代を過したと報じられている。永山の背負うこうした不幸な生い立ちから、彼の犯した犯罪の背後に社会構造を見る言説は珍しいものではない。獄中での読書経験を通じて小説家として名を成していくことになる永山自身、自らの事件についてそうした解釈を行っている。彼の著作から一部を引用しておこう。

社会主義には貧乏人いない/生活が苦しい時 皆一緒だ/政治が危うい時期/皆が耳を傾ける/誰一人その集団から逃げはしない/この日本も何時の日か その日が 来る/そして 俺のような奴が出ない国に変わる/人たちよ!/俺の叫びを無駄にしないでくれ/俺は非人に落ちたが/あなたたちは未だ人間だ/俺の叫びを無駄にしないでくれ/それとも それとも/まだ出そうとするのか 第二の俺を(以下略)
(出典)永山則夫(1990)『増補新板 無知の涙』河出文庫、p.373。

 しかし、彼の犯罪を社会構造と位置づける論理は、結局のところ裁判では否定される。彼と同じ境遇に育った兄弟が犯罪に手を染めるといったことはなかったからだ。また、劇作家の寺山修司も、自らの犯罪を社会構造の問題と位置づけ直し、「加害者」から「被害者」へと転身してしまう永山の論理を厳しく批判している。

 実際のところ、4人の人命を奪うという行為を社会の問題へと還元してしまう発想には危うさがあると言わざるをえない。永山と同じように不幸な生い立ちをもつ人たちを、潜在的な犯罪者として位置づけてしまう論理にほかならないからだ。貧困に苦しむ人たちは誰でも「第二の俺」になる可能性を有しているということになってしまう。

 加えて言うと、ごく一部の特異な行動を集団全体の問題と位置づけ、その解決を求めるという態度は、ごく一部の人の犯罪をもって集団全体に対する差別を扇動しようとする動きとコインの裏表のような関係になっている。「この集団から犯罪に走る人たちが再び出ることのないよう、社会構造を改善しよう」という発想と、「こんなにも凶悪な犯罪に手を染める人物を生み出す集団は、やはり信頼できない」という発想との距離は決して遠くはない。

 以上の点を踏まえるなら、相模原での事件のような特異な犯罪を社会構造の問題へと安易に位置づけることにはやはり慎重であってしかるべきではないだろうか。2008年に秋葉原で発生した通り魔殺人に関連して、事件と加害者の社会的境遇とを直接的に結びつける語りは少なくなかったが、それに関しても同様の指摘を行うことができる。

「犯罪者」と「普通のひと」の連続性

 とはいえ、犯罪をつねに「特殊な人物」によるものと見なし、社会構造の問題とはつねに切り離して考えるべきだと言いたいわけではない。

 ここで別の事例について考えてみたい。終戦後の食糧難のもと、配給される量では到底足りないために多くの人たちは闇市で流通する食糧を入手していた。だが、そうした闇市での食糧調達は食糧管理法に違法する行為、つまり「犯罪」であった。

 そうしたなか、配給される食糧のみを食べ続け、餓死してしまった山口良忠という裁判官がいたことはよく知られている。闇市での食糧調達によって検挙される人びとを裁く自分が、闇食糧を食べていても良いのか――そうした良心の呵責が彼を餓死に追い込むことになったと言われる。

 このような状況下において、山口良忠のように振る舞い、犯罪に手を染めることなく生きることは果たして可能だろうか。もちろん、そのように立派な人物もいるだろうが、少なくともぼくにはそうした自信はない。これは言わば、どれだけ長い時間、鉄棒にぶら下がっていられるかを競っているようなもので、いかに腕力が強かろうとも最後には転落してしまうタイプの競争である。

 したがって、この事例の場合には闇市での食糧調達という犯罪と、食糧管理法を含む当時の社会構造の問題とをリンクさせて語ることは間違いではないし、「犯罪者」と「普通のひと」とを連続的に考えることは妥当だろう。

 それでは、この事例と先の永山事件とを分かつものはなにか。それは犯罪の性質ではないだろうか。

 つまり、闇食糧の問題については、社会構造によって生み出される食糧難という問題と、闇市で食糧を手に入れるという「解決策」は直接に結びついている。だからこそ、社会構造の問題として語ることは妥当である。

 他方、崩壊家庭で育ったという問題に対して、見ず知らずの人物をピストルで射殺するという行為は何の「解決策」にもなっていない。だからこそ、社会構造の問題として語ることは不適切であり、永山自身の特異な行動として位置づけるべき犯罪なのではないだろうか。

 もちろん、この二つはいずれも極端な事例であり、この二つの極のあいだに無数の事例が位置づけられるだろうが、普通のひとが法に触れざるをえない状況に対する想像力はやはり担保しておきたいと思う。

相模原の事件はどう考えるべきか

 それでは、相模原の事件はどう考えるべきなのか。言うまでもなく、福祉関連の施設をとりまく環境が劣悪であるという問題と、そこに入所している方々を殺害するという行為は全くもって結びついていない。したがって、大野さんが言うように、これはあくまで「特殊な人間」による犯罪として考えるべきではないかと思う。

 ただ、障害者施設に入所している方々を殺害するという行為を「解決策」とする社会構造の問題があると考える人もいるかもしれない。だが、今後、容疑者からどのような供述が出てこようとも、いかなる背景が明らかになろうとも、容疑者個人にかような残虐行為を強いた社会構造の問題は存在しないと断言しなくてはならない。

 それはまさに「加害者」を「被害者」へと転身させてしまう論理にほかならないのだから。

大学生はなぜ勉強したほうがよいのか

 社会学部の同僚である藤代先生が大学1年生に向けて、大変に熱いエントリを書いておられる。

gatonews.hatenablog.com

 在学中も、そして卒業したあとも、学び続ければ就職や仕事で可能性が広がっていくというのは正論だろう。大企業にさえ入れば一生安泰なんていう時代でもない。

 が、「だから勉強しろ」というところで、ぼくは少し気後れしてしまう。理由を考えるに、ぼくのなかにどうやら「ダラダラした学生生活」に対する憧れがあるようなのだ。

「ダラダラした学生生活」とは

 浪人生をしていたころ、漫画家・東海林さだおさんの自伝『ショージ君の青春記』(文春文庫)という本を読んだことがある。「女の子にもてたいからロシア文学科」というめちゃくちゃに意識の低い学生だった東海林さんは、早稲田大学入学後に漫画家を目指すも挫折を繰り返し、結局は中退してしまう。この本を読む限り、東海林さんの大学生活は大変にだらしなく、勉強に打ち込んでいる様子は皆無である。現在の大学教育からすればけしからん存在であることは間違いない。

 けれども、ぼくのなかに「こういう学生生活もいいよな」と思ってしまう部分もあるのだ。ここで森見登美彦さんの小説『四畳半神話大系』(角川文庫)を挙げてもいい。主人公は本当に勉強をしない駄目なやつである。果てしなく下らないことばかりしている。だがそれが良いのだ。大学でがっつり勉強して、大企業に内定ゲット、なんていう主人公なら、そもそもこの小説は成立しない。

 さらに個人的な体験談をつけ加えると、ぼくは大学1年生のときには文学部だった。今はどうだか知らないが、当時の文学部の男子学生というのは基本的にどこか斜に構えているか、変わったパーソナリティの持ち主が多かったように思う。「文学部は就職が悪い」というのは常識だったので、基本的にそちら方面に関する意識は低かった。「ミニ東海林くん」のような学生もけっこういた。

 2年生になるとき、ぼくは法学部に移った。1年生のときにいろいろとあって、政治学を勉強したいと思ったからだ。移った先の法学部の学生はさすがに文学部に比べれば前向きだったように思う。だが、どちらかといえば文学部のかつての同級生のほうがぼくは好きだった。ミニ東海林くんたちの意識は壮絶に低かったかもしれないが、人間的には愛すべき連中だった。彼らがいまどこで何をしているのかは知らないが、元気にやっていてほしいと思う。

結局は勉強してしまう

 ただ、こういう「ダラダラした学生生活」への憧れにもかかわらず、結局のところぼくはそれなりに勉強し、修士課程に進学して、しかも修士課程では就職活動を放り出して博士課程にまで進んでしまった。それはなぜかと問われると、「学問が面白かったから」と答えるよりほかない。

 就職活動中、休憩と称して喫茶店に入り、学術書を開く。たいそう面白く、こういうことをずっと研究したり、人に伝えたいという思いが繰り返し押し寄せる。結局、我慢できなくなって指導教授に「修士論文を書くのが余計に1年かかっても構わないので、博士課程に行きたいです」と申し出たところ、先生は「そうなると思ってた」と言って笑った。

 だから、「大学生はなぜ勉強したほうがよいのか」を考えるとき、本音では「そのほうが面白いから」という答えしかぼくは持たない。教養の習得とか論理的思考能力の育成、激変する環境下で生き残るためといった答えもできなくはないのだが、やっぱりどこか後付けの感じが漂う。そもそも、自分に教養があるのか、そんな論理的に思考できているのかという疑問もある。この先、激変する環境でちゃんと生きていけるのかもちょっと自信がない。

 学問は面白い。「これまでとは違う物事の見方」を教えてくれるし、人によって言うことが違うから取捨選択したり、自分でさらに発展させる楽しみもある。論文を書いているときに「オレって天才じゃね?」と「ああ、やっぱり全然ダメだ…」の繰り返しを味わうのもいい。視野がぱーっと開けるような感覚は学問ならではではないだろうか。だから、その面白さを知らないまま大学を卒業していくのは、もったいないと思うのだ。

 もちろん、マンガやゲーム、アニメなどに比べれば、楽しむためのハードルは高い。そのハードルを越えなければ、無味乾燥に見える学術書の記述が「な、なるほど!」という驚きを与えてくれるものに変化したりはしない。もっとも、最近の大作ゲームの複雑な世界観や操作方法などと比較すれば良い勝負かもしれない。この歳になってくると、ゲームの操作方法を覚えるのにも一苦労である。ぼくがいまやっている『ウィッチャー3 ワイルドハント』は面白いのだが、決定がなぜ☓ボタンなのかが理解に苦しむところだ。

「面白さ」の度合いは相対的である

 話が逸れた。

 ただ難しいのは、なにを面白いと思うかは人によって大きく違うということだ。ぼく自身、学術書を読んでいて「つまんねーなー、この本」と思うことは少なからずある。それでも、その本を書いた人はきっと面白いと思って書いているのだろうし、それは単に関心をもつ対象の違いでしかない。逆に、ぼくが本当に面白いと思うことを講義で一生懸命に話しても、受講者が実につまらなさそうな表情を浮かべていることもある(もちろん、ぼくの伝え方が下手くそなだけという可能性も大いにある)。

 けれども、実は「面白い/面白くない」という感覚はわりと相対的なものではないかとも思う。ここで偉そうなことを書いているぼくにしたって、電車のなかではワクワクしながら読める本が、『ちはやふる』や『僕だけがいない街』の最新刊が目の前あったりした日には急に楽しめなくなることがある。ぼくが講義をやっている教室にいきなり池上彰さんがやってきて、大変に興味深いニュース解説なんかを始めたりした日には、ただでさえ魅力に乏しいぼくの話はより一層つまらなくなってしまうはずである。

 だから、学問を楽しむためのコツの一つは、それより他にやることがない場所に自分を置くことだと思う。電車のなかや一人で入った喫茶店などは、少なくともぼくにとっては学問のための貴重な場所だ。スマホが目の前にあると気が散るので、基本的にはカバンやポケットのなかに入れておく。

 ぼくの勤務先はお世辞にも交通アクセスが良いとは言えず、長い時間をかけて通学してきている学生も少なくない。だが、見方を変えれば、学問を楽しめる時間がそれだけ長いとも言える。バイトやサークルなど、いまの大学生がとても忙しいことは承知しているが、そういう空いた時間をうまく活用して、少しでも学問の面白さに触れてもらえればと思う。

最後に

 上でも述べたように、ぼくは「ダラダラした学生生活」や「ミニ東海林くん」に対して、それなりに好意的である。ぼく自身、学生時代には3日ぐらい『ファイナルファンタジー7』をぶっ通しでやり続けて、コントローラーを握りしめたまま眠ったこともある。それでも教員として、出来の悪い答案に単位は出せないし、正当な理由もなくゼミを欠席する学生には注意をしなくてはならない。

 これはもう仕方がないのである。

美しさの落とし穴

 今回はアニメの話から始めよう。

 先日、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の第一期の放送が終了した。火星独立運動のシンボル的存在である少女と、彼女の護衛を請け負った少年少女たち(鉄華団)が強大な敵と戦いつつ、地球へと向かう物語である。少しネタバレになるが、ここでは物語終盤のあるシーンに注目したい。

 少女と鉄華団は、敵に阻まれて目的地の都市に入ることができない。早く敵陣を突破しなくてはタイムリミットに間に合わなくなってしまう。仲間が次々と傷ついていくなか、鉄華団のリーダーは無謀な作戦を立案、実行しようとする。彼は仲間たちに言い放つ。

もし乗ってくれるなら、お前らの命って名前のチップを、この作戦に賭けてくれ。(中略)ここまでの道で、死んでった奴らがいる。あいつらの命は無駄になんてなってねえ。あいつらの命も、チップとしてこの戦いに賭ける。いくつもの命を賭けるごとに、俺たちが手に入れられる報酬、未来がでかくなってく。(中略)誰が死んで、誰が生き残るかは関係ねえ。俺たちは一つだ。俺たちは家族なんだ。鉄華団の未来のために、お前らの命を賭けてくれ。

 この言葉に、鉄華団のサポートをしてきた女性は強く抗議する。

違う…そうじゃない、家族って言うのは…。こんなの間違ってる!

 それを聞き、鉄華団でメカニックを担当している年輩の男性もまた、「ああ、間違ってるさ…」と呟くのである。

 ぼくがこのシーンを見て思い出したのは、米国の政治学者カール・ドイッチュによる終末期のナチスドイツに関する記述だ。戦争での勝利が望めなくなっても、ナチスドイツは戦争を止めることができない。不利な戦況を伝える情報の流通は「ノイズ」として抑圧される一方、これまでの方針を曲げないことが「意思の強さ」として称賛される。

 そして、方針の転換を許さない論拠として持ちだされるのが死者の存在である。われわれは膨大な人命を犠牲にして今まで戦ってきた、この期に及んで和平を結ぼうなどと言うのは死者への裏切りである、という論理。つまり、「あいつらの命を無駄にしない」という発想が、破滅的な結果がもたらされるまで方針転換を不可能してしまうのだ。

 『ガンダム』に話を戻せば、もちろんフィクションなので、鉄華団が一方的に敵に掃討されて終わるといった類の後味の悪いストーリーにはならない。だが、常識的な判断ではたしかに鉄華団のリーダーの作戦は間違っているように思う。なにせ危険な作戦に参加するのは年端もいかない少年少女たちなのだ。すでに失ってしまった「仲間の命という名前のチップ」を諦められないがゆえに、鉄華団のリーダーは死者の存在がさらに死者を生み出すような作戦を生み出してしまったのである。

 以上の話から見えてくるもう一つの教訓は、リーダーとしての決断と、物語的な美しさとの相性は必ずしも良くないということだ。常識的な判断からすれば鉄華団のリーダーの決断は間違っている、と先に述べた。しかし、物語的な展開という観点からすれば、あの場面で兵を引くという決断はありえない。物語はまさにクライマックスを迎えており、あの場面で視聴者が見たいのは、多くの犠牲を払いながらも前に向かって進んでいく主人公たちの姿である。

 だからこそ、『ガンダム』の制作者は、鉄華団を見守る大人たちに「間違えている」と言わせた、というのは深読みが過ぎるだろうか。ストーリーの進行上、間違った決断を少年少女たちに押し付けざるをえない制作者サイドの償いとして。

 鉄華団のリーダーは「誰が死んで、誰が生き残るかは関係ねえ。俺たちは一つだ。俺たちは家族なんだ」と言う。たしかに、『ガンダム』ではリーダーもまた自分自身の命を賭けており、その意味では美しい物語になっている。

 だが、歴史や政治を語るさい、われわれは物語的な美しさに気を付けなくてはならない。美しさと正しさは往々にして相反する。美しさを過剰に強調する物語の背後には、安全な場所で「俺たちは一つ、俺たちは家族」といったフレーズを唱えながらも正しさの追求を怠ったリーダーたちを免責しようとする欲望が渦巻いていることが少なくないのだ。

参考文献

Deutsch, K. (1966) Nationalism and Social Communication: An Inquiry into the Formation of Nationality (2nd edition), MIT press.

保育園不足問題は「超政治化」できるか?

anond.hatelabo.jp
このエントリが話題である。

 はてなの「アノニマス・ダイアリー」(通称、増田)のエントリがここまで話題になるというのは、長年のはてなユーザーからすればある種の感動を禁じ得ない。だって、あの増田ですよ?通勤途中にう○こ漏らしたとかいう話題で盛り上がっているあの増田が国会デビューする日が来るとは、さすがにちょっと予想できなかった。ちなみに、増田には稀に文学的な文章が投稿されることがあり(「増田文学」と呼ばれる)、ぼくのお勧めは次のエントリだ。

anond.hatelabo.jp

「超政治化」と「脱政治化」の狭間

 …という前置きは措くとして、保育園エントリが話題になって以降、いくつかの動きが出てきた。このエントリで取り上げたいのは、保育園不足の問題を政治的党派間の争いに利用しないで欲しいという主張、そしてもう一つはこの問題の重要性を否定、もしくは切り下げようとする主張だ。後者の主張には、子どもが保育園に入れないぐらいで文句を言うのはわがままだといった発言のほか、この問題について声を上げた人たちの属性(抱っこ紐の値段がどうとか、どこかの政党のメンバーだとか)を疑問視することで、問題提起の価値を切り下げようとする発言も含まれる。

 そこでまず参照したいのが、イギリスの政治学者コリン・ヘイによる政治化/脱政治化に関する議論だ。ヘイによれば、世の中のさまざまな社会問題は政治化へ向かうこともあれば、脱政治化へと向かうこともある。政治化について言えば、それまでは当たり前のこと、仕方のないことと見なされていたことがらが私的な会話で問題として語られるようになる(政治化Ⅰ)。次に、社会運動やマスメディアなどによってそうした問題が広く周知されるようになる(政治化Ⅱ)。そしてそれがやがて政治的な問題として選挙や議会での争点になる(政治化Ⅲ)。

 もちろん、すべての社会問題がスムーズに政治化Ⅰから政治化Ⅲに進むわけではない。待機児童問題で言えば、長らく政治化ⅠおよびⅡの段階で止まっていて、政治化Ⅲの段階まで進むことはほとんどなかったと言って良いのではないだろうか。ところが今回、増田のエントリの文章が刺激的だったこともあり、マスメディアでも大きく取り上げられ、民主党の議員が国会で取り上げたことから、大きな注目を集めるに至った。

 そうしたなかで、先にも挙げたように、この問題を政治的党派間の争いに利用しないで欲しい、現政権を攻撃する材料に使わないで欲しいという声が上がってきた。これは、野党や左派の運動に対する強烈な不信感に加え、政治化Ⅲの段階をさらに越えて、保育園不足の問題をいわば「超政治化」したいという願望の現れだとも考えられる。つまり、この問題は政治的党派に関係なく国の将来にとって重要な問題なのだから、一致団結して問題解決に動いて欲しいという発想だ。

 他方、保育園不足問題の重要性を否定しようとする声は、これを政治以前の状態へと押し戻す「脱政治化」を目指していると言える。つまり、子どもを保育園に入れられないのを当たり前のこと、仕方のないこととして受け入れろという主張ということになる。具体的な対処法としては、「妻が家庭に入って一家で四畳半に住む」ということになるかもしれない。

 以上のような政治化および脱政治化を図にすると次のようになる。なお、「超政治化」については、ヘイのもともとの図にぼくが書き加えたものだ。 

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政治の回避

 超政治化と脱政治化を目指すこれらの動きは、一見すると対極的であるように見えるが、政治を避けているという点では共通している。しかし、脱政治化を否定し、保育園不足が重大な社会問題であることを受け入れたとしても、超政治化の領域へと至ることは難しい。どこまで行っても資源配分の問題からは逃れられないからだ。そして、資源配分をめぐる闘争とはすなわち政治である。限られた資源を誰かがより多く得るということは、(少なくとも短期的には)誰かが損をするということである。

 保育園不足の処方箋として提起される教育・保育バウチャー制度にしても、その原資が税金である以上、政治的な資源配分の問題から逃れることはできない。制度を導入したところで、配分されるバウチャーの額面いかんでは格差の問題が顕在化してしまう(大阪市では経済的な理由で塾に通えない子どものために教育バウチャー制度が導入されたものの、その額面が少ないために利用が進んでいないという報道もある)。

 加えて、現政権と保育園不足問題との相性は、控えめに言ってもよろしくない(注1―追記)。安倍首相やその周辺はどうやら「家庭での伝統的な子育て」にご執心の様子であり、だからこそ「育児休業を3歳まで伸ばす」とか「三世代同居の推進」とか、明後日の方向を向いた話ばかりが出てくる(ちなみに、家庭での子育てが本当に「伝統的」であるかどうかは意見の分かれるところだろう)。

 にもかかわらず、超政治化への期待とともに、現政権への攻撃を控えようという発想が出てくる背景には、少なくとも当面のあいだは(もしかすると半永久的に)、政権交代が行われないだろうという予測があるのではないかと思う。自公政権がずっと続くのであれば、野党による攻撃材料に使われて政権の機嫌を損ねるよりも、たとえ相性は悪くとも政権内部の人にもちゃんと理解してもらって問題解決のために動いてもらったほうが賢明だという判断があるのかもしれない(ただし、政権運営に余裕ができるほど、政権は自分たちのコアな支持層のほうに向いた政治を行うようになる、というアメリカ政治における知見は覚えておいてよいかもしれない)。

 こう考えると、超政治化を求める声が上がる背景には、子育て世帯の受け皿となりうる政権交代可能な野党の不在があると言ってもいいだろう。言い換えればそれは、政治のアリーナにおいて自分たちの要求が実現されることに対する諦めと、それでも何らかのかたちで自分たちの抱える問題を解決して欲しいという願望の現れなのではないだろうか。

(注1―追記)
ただし、保守層からの支持の厚い安倍政権だからこそ、この問題に関してドラスティックな政策変更を実現できる可能性もある。リベラルな政権であれば「バラマキ」と呼ばれて火だるまになりそうな政策でも、現政権が実施するのであれば保守層の反発を抑えられるかもしれないからである。

アジェンダ設定理論からの示唆

 ところで、増田のエントリに端を発する今回の流れについては、マスコミュニケーション研究におけるアジェンダ(議題)設定理論の観点からも分析することができる。

 ここで言うアジェンダ設定理論とは、マスメディア上で話題となった出来事(メディアアジェンダ)が、人びとが関心を持つ事柄(公衆アジェンダ)に大きな影響を与えると考える理論を指す。メディアアジェンダが公衆アジェンダとなれば、やがてそれは政治的な争点(政策アジェンダ)にまで波及しうる。

 ただし今回の場合、増田のエントリがネット上で話題になり、それがマスメディアでも大きく取り上げられたのが発端であることを考えると、公衆アジェンダがメディアアジェンダとなり、やがて政策アジェンダに転化したと考えるべきだろう。

 ちなみに、アジェンダ設定理論では、メディアアジェンダに飛びつくのは野党であることが多いとされる。野党は政権の問題点を探すための「レーダー」としてマスメディア報道を使うからだ。逆に言えば、野党が国会で取り上げでもしない限り、政権がメディアアジェンダに乗ってくることはあまりない。その意味では、政権攻撃の材料に用いられたからこそ、保育園不足問題は政策アジェンダに転化したと見ることもできる。

 また、政権がメディアアジェンダに対応する場合、その政策変更はシンボリックな次元に留まるケースが多いとされる。つまり、実質的な予算の配分や大規模な方針転換というよりも、有権者に対して「何か手を打っています」とアピールするためだけの政策変更ということだ。マスメディアの報道は基本的に飽きっぽいので、実質的な政策変更に必要となる長い期間にわたって関心を持続させることができない。

 今回の騒動を受けて、保育園の「具体的な改善策」を示すという方向性が政府から示されたものの、その頃になって世論がこの問題に飽きていれば、その「改善策」はごくごく小規模なものに留まる可能性が高いだろう。そうならならないためにも、息の長い取り組みが必要になるのだろうと思う。

 そして、そうした取り組みがより大規模な政策転換を望むならば、政治を避けることはたぶんできない。

参考文献

ヘイ,コリン(2012)吉田徹訳『政治はなぜ嫌われるのか 民主主義の取り戻し方』岩波書店
Gilens, M. (2012) Affluence and Influence: Economic Inequality and Political Power in America, Princeton University Press.
Kingdon, J. (2011) Agendas, Alternatives, and Public Policies (Updated 2nd edition), Longman.
Walgrave, S. and van Aelst, P. (2006) ‘The contingency of the mass media’s political agenda setting power: toward a preliminary theory,’ in Journal of Communication, vol.56 (1), pp.88-109.

「意識高い系」はなぜ批判されるのか

 こういうブログを読んだ。

www.jimpei.net

 これに関するブックマークコメントを見ると、「意識高い系が批判されるのは、実力もないくせに他人を見下して馬鹿にするからだ」という趣旨のものが多い。要するに、「意識高い系」とされる人たちも、それを批判する人たちもお互いに馬鹿にされていると感じているわけで、この溝はわりと深い。

 これは完全な思い付きだが、「意識高い系」に対する批判が出てきた背景には、SNSの普及があるのかもしれない。SNSによって「前向きであること」と自己表現とが深く結びつくようになってきたからだ。

 たとえば、英語力を身につけたいと思って地道に頑張っている人に向かって「意識高い系」という揶揄がぶつけられることはあまりないだろう(たぶん)。しかし、たとえばSNSに「TOEIC800点突破!次は900点を目指します!」とか書くと「意識高い系」と見なされる可能性は上がる。そこからさらに進んで「日本の英語教育はクソ!俺はオンライン英会話で鍛えてます!」とか書き始めると、「意識高い系」と見なされる可能性は飛躍的に上がる。

 加えて、人脈形成がフェイスブックなどで可視化されるようになったことも作用していると考えられる。もちろん、人脈づくりなんてのは今に始まった話ではなく、昔からそういうのに熱心な学生は頑張ってやっていたのではないかと思う。だが、いまはSNSでそれをやっている過程が他人にも見えてしまう。そのことが「アイツは意識高い系だ」という批判を招き寄せやすくする。

 他方、そういう批判を受ける側は、「われわれが意識高い系だと批判されるのは、周囲の意識が低いからだ。頑張ってないからだ」という発想になり、意識高い系批判を裏付けるような言動に走ってしまう。「意識高い系が批判されるのは、前向きな人間を引きずり降ろそうとする日本社会の悪癖」なんていう日本社会論まで展開してしまうかもしれない。

 しかしこれは不幸なすれ違いだと思う。この構図のなかで重要なのは、頑張ること自体は誰も否定していないことだ。問題なのは、頑張るか頑張らないかということではなく、自分自身をSNSでどう表現するかということにすぎない。

 だからまあ、自分を意識高い系だと思う人も、意識高い系が嫌いな人も、とりあえず他人のことは放っておいて自分を高めることに必死になれば良いんじゃないだろうか。

 あと、ぼくは研究者なので研究者のことしか分からないのだが、(仮にいたとして)「大学の教員をやっている自分の姿に憧れる」タイプの人はたぶん駄目で、「自分のやりたい研究をやるうえでは大学の教員をやるのが一番望ましい」ぐらいの人のほうが研究者としては伸びると思う。前者のタイプだと、大学の教員になった時点で目標が叶ってしまうので、そこから先の成長が期待できない。

 最後に。ぼくの知人の一人は大変な努力家であるのだが、その一方で普段は愚痴ばかりたれている。「後ろを向きながら前に向かって全力疾走する」タイプだ。どちらかと言えば、ぼくはそういう人が好きである。

「ダブルシンク」としてのミサイル報道

 イギリス人作家、ジョージ・オーウェルの『1984年』は、全体主義国家による徹底した管理を描いたディストピア小説としてよく知られている。

 この小説に登場する全体主義国家では、「ダブルシンク(二重思考)」と呼ばれる思想統制方法が用いられている。それによって国民は、本来は矛盾するはずの二つの信条を矛盾のないものとして受け入れることが可能になる。

 たとえば主人公が勤める真理省は、国家の方針に沿って歴史を都合よく書き換えるための国家機関を指す。真理省で働く者は歴史の捏造に手を染める一方で、そこで生み出される「歴史」が真実であると信じねばならないのだ。

 このダブルシンクを彷彿とさせるのが、昨日、北朝鮮が発射した「事実上の長距離弾道ミサイル」に関する報道だ。北朝鮮政府は人工衛星の打ち上げと主張しており、実際に「地球観測衛星」を軌道に乗せた可能性もあるという。

 言うまでもないことだが、日本が人工衛星を発射するために用いているのは「ロケット」だ。だが、すでに多くの人が指摘するように、多くの報道では北朝鮮の人工打ち上げに関しては頑なに「ロケット」という言葉の使用が拒否され、「事実上の長距離弾道ミサイル」という言葉が用いられている。つまり、同じ人工衛星を発射するのでも、日本が打てば「ロケット」だし、北朝鮮が打てば「ミサイル」だと考えるようにわれわれは求められているのだ。

 これも多くの人が指摘するように、「ロケット」と「長距離弾道ミサイル」との区別はそれほど明確なものではない。人工衛星を乗せれば人工衛星の打ち上げに、核弾頭を乗せれば敵国の攻撃にも使える。だからこそ、1957年にソ連人工衛星スプートニク1号を打ち上げに成功したとき、世界中で大きな衝撃が起きたのだ。

 日本のロケット開発も例外ではない。

 中日新聞社編『日米同盟と原発』(中日新聞社、2013年)によれば、冷戦下において、日本の核武装が検討されたことがあった。しかし、国際関係から考えて核武装は現実的な選択ではない。そこで、核武装の代替手段として「潜在的な核武装能力」をアピールすることが考えられた。そのための具体的な方策が「原子力の平和利用」と「国産ロケット開発による人工衛星の打ち上げ」だったというのだ。少し長いが、引用してみよう。

 68年1月20日付の外交政策企画委員会議事録には「軍事利用と平和利用とは紙一重というか、二つ別々のものとしてあるわけではない」「ロケット技術が発達すれば、原子爆弾さえ開発すれば軍事に利用できるわけだね」など、幹部クラスのやりとりが記されている。

 当時、外務省科学科長として議論を仕切った現在83歳の元フランス大使、矢田部厚彦は「日米同盟を考えると、当時も今も核武装は現実的ではない」としながらも「可能性のあるふりをすることが抑止力になる。その方法が科学技術を高めることだった。科学技術を高めることで、必然的に核のポテンシャル(潜在力)が上がる。そこに、政権の意思さえ加われば、核のオプション(選択肢)になるのだから」と明かす。

 日本は59年、ロケット技術の開発方針を決定している。この時、所管する科学技術庁(現・文部科学省)の長官は54年に戦後初の原子力予算を議員提案した中曽根康弘(41)だった。

 元科技庁次官で、現在88歳の伊原義徳は60年代初めに、自民党議員がロケット予算について「あれはあれだから、よろしく頼むよ」と話し合うのを耳にした。「核爆弾の搭載手段として期待していたのでしょう」と推察する。

(出典)中日新聞社編(2013年)『日米同盟と原発中日新聞社、pp.129-130。

 もっとも、こういう話があったからといって、日本の国産ロケット開発が「潜在的な核武装能力」のアピールだけを目的として進められたというのは言い過ぎだろうとは思う。数ある思惑のうちの一つ、ぐらいではないだろうか。

 いずれにせよ、人工衛星の打ち上げに用いるロケットと長距離弾道ミサイルの開発とは深く結びついてきた。実際の開発においてはロケットに求められる仕様と、長距離弾道ミサイルに求められる仕様との間には違いがあるとはいえ、同じ人工衛星を打ち上げるのでも日本がやれば平和的な「ロケット」で、北朝鮮がやれば軍事的な「ミサイル」というダブルシンク的な用語法はどうにも気持ちが悪い。言語という人間の思考の基礎そのものを操作しようとする試みに見えてしまうからだ。

 「ロケット」と「ミサイル」が近しい関係にある以上、北朝鮮が実際に衛星を打ち上げていようといまいと、それが国際的な安全保障にとって重大な脅威だと論じることは可能だろう。日本も北朝鮮も同じようなものを打ち上げているとしても、国際的な枠組みに沿って行っている日本と、それを無視して実施している北朝鮮とを区別して論じることはできる。

 全体主義国家と対峙するにあたり、全体主義的な手法を用いることは、自らの正当性を切り崩すことになりかねない。自他を差異化するのであれば、それは論理のうえで行うべきであって、「ロケット」と「ミサイル」のようなダブルシンクまがいの言語使用で実施すべきではないように思う。

(追記)こうしたダブルシンク的な言語使用の問題の一つは、それが「自分たちのやっていること」を客観的に眺めるのを難しくする点にあるように思う。今回の北朝鮮政府の発表や、先に引用した元外交官の発言が明確に示しているように、「自分たちがやっていると主張していること」と「外部からどう見られているか」はズレることがある。

 「自分たちが打ち上げているのは平和的なロケット」であり「彼らが打ち上げているのは軍事的なミサイル」というダブルシンク的な言語使用は、「自分たちは誰にも力を誇示せずに、平和的に生きている」という観念だけを強化し、少なくとも潜在的には日本もかなりの軍事力を有する国家なのだという認識を難しくする。結果、外国が日本を潜在的な脅威として認識(米国ですらそうした認識を完全には捨てていないと思う)するかもしれないという事実を見えづらくしてしまうのではないだろうか。