擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

ファンの心理、アンチの心理

 これを読んでいる方に想像してもらいたい。

 みなさんが大好きな誰か、できれば努力家が良いのだけれども、その誰かが学業や仕事で成功したという話を耳にしたとしよう。その時、どんな感想を抱くだろうか?
 
 「ああ、アイツ、頑張ってたもんな」「努力の成果だな」

 そんな感想を持つのではないだろうか。

 それでは逆に、みなさんの大嫌いな誰がが、学業や仕事で成功したと聞いたならどうだろう?

 「運が良かっただけじゃね?」「周りからサポートがあったからじゃない?」

 などと思ったりはしないだろうか。もちろん、その人がどんな人かにもよるとは思うのだが。

 次に、みなさんが大好きな誰かが失敗したという話を聞いたとしよう。すると、今度はこんな感想を持つかもしれない。

 「今回はちょっとハードルが高すぎたよね」「めぐり合わせが悪すぎた」

 最後に、みなさんが大嫌いな誰かが大失敗したという話であればどうだろう?

 「自業自得だね」「アイツの普段の言動からすれば当然でしょ」

 もうおわかりかと思うが、誰かが成功、または失敗したと聞いたとき、その人に対してどんな感情を抱いているかによって、原因をどこに求めるのかは変りやすい。その人に好意を抱いていれば、成功は本人に原因が、失敗は外部に原因があるということになる。これをここでは「ファンの心理」で呼ぶことにしたい。

 逆に、その人を嫌っていれば、成功は外部に原因が、失敗は本人に原因があるというように考えられやすくなる。これをここでは「アンチの心理」と呼ぼう。まとまると、以下のようになる。

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 言うまでもないが、これはあくまで「傾向」の話でしかない。実際には、どのような成功/失敗なのか、その人物がどんな人なのかによって、評価は大きく変わる。

 ただし、たとえばメディアを介してしか接する機会がないような人物に関しては、直接に知っている人物に比べて、ファンの心理、アンチの心理の影響は大きくなるのではないだろうか。間接的で不確かな情報しかないために、もともとその人に対してどのような感情をもっているかが原因の解釈により大きな影響を及ぼすと考えられるからだ。

政権をどう評価するか

 先日、若者のあいだで安倍政権にたいする支持率が高いという調査結果が報道された。

 職業柄、大学生と接する機会が多い立場からすると、さもありなんという感はある。多くの大学生にとって最大の懸案は就職活動であるが、この数年で状況は目を見張るほどに改善された。数年前であれば何十社もの選考を受けて全滅といった話は決して珍しくなかった。あくまで教員の目から見ての話だが、能力も高く、きちんとしている学生であっても内定がなかなか取れないことが多かった。

 ところが現在では、これも教員の目から見ての話だが、ちょっと心配になるような学生であっても、複数の内定を持っていたりする。もちろん、これはぼくに人を見る目がないだけの話だけかもしれないが、実際に、大卒の就職状況の改善はさまざまなデータによって示されている。

 問題は、これをどう評価するかである。おそらくは現政権に好意的な人の多くは、政権の成果として、つまり安倍首相の金融政策がもたらした円安や株価上昇の恩恵として評価しているのではないかと思う。若年層の多くも、そのように考えるからこそ、現政権を評価しているのだろう。

 他方、現政権に批判的な人の多くは、そのようには考えない。そもそも民主党政権下での求職難はリーマンショックに原因があり、同政権の終わりごろにはすでに景気は回復基調にあった。安倍政権はたまたまその波の乗っただけだという説明や、団塊世代の大量退職に伴う人手不足が求人増をもたらしているという説明が聞かれる。

 このどちらが正解なのかを論じるのは、ぼくの手に余る話である。ただ、先に述べた「ファンの心理」「アンチの心理」の説明図式にわりとすんなり当てはまるのが興味深いところである。

 もう一つ事例を挙げておこう。2014年4月の消費税率の引き上げである。この引き上げについては、安倍首相を支持する人たちのあいだでも評判が悪かった。日本経済はいまだ増税する状況にないというのだ。

 そこで頻繁に用いられたのが、「そもそも増税を決めたのは民主党政権である」「財務省の圧力だ」等々の説明である。つまり、増税の責任は安倍首相にはない、というのだ。実際には、2013年10月の記者会見で安倍首相自身が「消費税率を法律で定められたとおり、現行の5%から8%に3%引き上げる決断をいたしました。社会保障を安定させ、厳しい財政を再建するために、財源の確保は待ったなしです」と語っているにもかかわらず、である。ファンの心理からすれば、本人が何を言おうと、悪しき決断の原因は外部になくてはならないのだ。

 言うまでもなく、アンチの心理からすると、消費税率の引き上げが日本経済に悪しき影響をもたらしたとすれば、その原因はあくまで安倍首相本人に求められねばならない。

自らの心理的傾向との付き合い方

 繰り返しになるが、以上はあくまで心理的な傾向の話でしかない。政治や経済についての説明の多くは、このように単純な好き嫌いの次元ではなく、様々な情報の分析に基づいて行われている(と思いたい)。

 ただ、そこまでの情報や知識を持たないぼくのような人間は、どうしてもファンの心理、またはアンチの心理で政治や経済を判断してしまいがちになる。だが、その判断はあくまで自分の内面の根ざすものである以上、必ずしも現実的に見て妥当なものとは限らない。

 もちろん、人間である以上、こういった心理の働きと無縁でいることはできない。それでも、「自分が何を信じたがっているのか」を知っておくことは決して悪いことではないだろう。

【追記】アップしてから気づいたのだが、このエントリの大学生の就職活動の下りに、まさにファンの心理、アンチの心理が反映されているのかもしれない。この手の話はすぐに自分自身に跳ね返ってくるのです。