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擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

卒業式にて

雑想

 まずはご卒業おめでとうございます。

 みなさんもご存知の通り、昨年の卒業式は震災の影響で中止でした。なので、今年は二年ぶりの卒業式ということになります。そこで、やはり震災について少しお話しておこうかと思います。

 去年、震災があって、交通網も混乱するなか、僕はどうしようもない無力感に襲われていました。普段は学生のまえで偉そうなことを言っていても、いざ非常時になると何もできない自分がいたわけです。首都圏にまで放射線の影響があるのではないかという話もあり、自分の家族さえも守れないかもしれないという思いもありました。

 そんな状況で、研究する意欲も湧かず、テレビのニュースを見たり、ネットで津波の映像を見たり、ワンピースを全巻読破したりして、やり場のない無力感を持て余していたのです。

 しかしその後、震災時に被災地で何が起きていたことについて書かれたものを読むと、現地で活動していた人たちの多くも、やはり無力感に襲われていたことを知りました。あれだけの巨大な破壊を前にして、実際に人命を救ったり、現地で取材を続けていた人たちですらも、無力感からは逃れられない。むしろ、失われた命を目の前にするわけですから、僕などよりもはるかに無力感は強かったかもしれません。

 ここで話は少し変わりますが、僕は去年の夏、ほんの少しですが被災地を車でまわりました。そのなかで、最も大きな衝撃を受けたものの一つが破壊されたセブンイレブンでした。

 普段、当たり前のように利用していて、日常のなかに溶け込んでいるはずのセブンイレブンが廃墟のようになっている。その光景は、僕たちが当たり前のものと思っている日常が、実は極めて脆い土台のうえに乗っているにすぎないことを強く意識させるものでした。

 けれども、見方を変えれば、それは我々の日常とはまさに奇跡のようなものだということでもあります。駅に行けば電車が走っていて、蛇口をひねれば水が出て、スイッチを入れれば明かりがつく。どこかでトラブルが発生すればたちどころに麻痺してしまうはずのシステムが、普段は滞りなく動いている。当たり前のように見えて、実は凄いことなのだと思うのです。

 そして、僕たちの一人ひとりがそうしたシステムを支えているのです。確かに、大規模な災害が起きたときなど、僕たちは無力かもしれない。しかし、実は奇跡のような日常を支えるうえで、僕たちは決して無力ではない。だから、僕たちには与えられた役割をまずはきちんと果たすことが求められているのではないでしょうか。あるいは、必要とされる役割を新しく作っていくことも求められるでしょう。

 僕のことで言えば、まずは一生懸命に研究をし、それを教育として活かしていく。試験をやれば、良い答案にはA+を出し、駄目な答案にはDをつける。被災地の子どもたちに出来ることは多くはないけれども、まずは目の前の自分の子どもをしっかりと育てていく。

 みなさんについては、これまではやはり周囲から支えられることが多かったのではないかと思います。しかし、これからはみなさんが支える側にまわる番がやってくるわけです。

 これから、みなさんはますます多くのことを学び、力をつけていくことと思います。けれども、悲しいかな、これまでみなさんのことを支えてくれた人たちは老いていきます。どこかの時点で、みなさんがそれらの人たちよりも確かな判断力を有する日もやってくることでしょう。その時こそ、みなさんが支える番になるわけです。

 ここで、僕はみなさんに一つのお願いをします。それは、今からみなさんにお渡しするこの学位記を、これまでみなさんを支えてくれた人にちゃんと見せてあげるということです。そして、できれば感謝の言葉をかけてください。

 「最近の学生は親離れが出来ていないから、大学の卒業式にまで親がついてくる」なんていう批判をする人もいますが、それは違うと思います。恥ずかしがることなく、これまでお世話になった人に晴れの姿や学位記を見せる、というのは大人としての一つの作法だと思います。そういった気遣いができるということが、みなさんが支える側にまわるための最初のステップではないかと思うのです。

 そして、もう一つ。できれば、みなさんがそうやって受け取ったバトンを、次の世代へとつないでいって欲しいと思います。確かに脆く、儚いかもしれないけれども、先人たちが作り上げ、いまみなさんが引き継ごうとしている奇跡のような日常を、これからやってくる世代にもきちんと手渡していってほしいと思います。

 それでは、いまから学位記の交付を始めます。