擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

1964年のオリンピック

(ツイートに加筆)
 言わないと誰も気づかないかもしれないのでいちおう言っておくと、タイトルは村上春樹1973年のピンボール』からのパクリだ。ちょっとしか合ってねえ。

 さて、2020年に東京でオリンピックが開催されることになった。まあ、やることが決まったからには、しっかりやってもらいたいと思う。

 このような既成事実追随的態度というのは、実は1964年の東京オリンピック開催が決まったときにも広く見られた。そもそも、当時は開催決定ということ自体が「寝耳に水」だった人も多かったと言われており、時期尚早だという声も多かった。

 実際、1962年2月の世論調査で、開催に大いに賛成と回答したのは38%にとどまっている。ぼくのような「決まったことだから賛成」という既成事実追随グループが45%、反対だが仕方がないが11%という回答だった(1)。多くの人びとが最初から東京オリンピックを熱狂的に支持していたわけではないのだ。

 さらに言えば、決定当時の日本政府も、当初はそれほどオリンピックに熱心ではなかったと言われる。しかし、池田内閣が掲げる所得倍増計画の雲行きが怪しくなってきたことから、公共投資を行うための大義名分としてオリンピックへの関与が強まっていくことになる。

 当初はオリンピックに多少懐疑的だった世論も、1964年に入ると、大規模なマスメディア報道によって急速に関心を強めていくことになる。聖火リレーは4コースに分けて行われたが、それが通過するところでは地方紙が大々的に報道し、全国的なムードを盛り上げていった。

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 オリンピックによって国土の改造も進んだ。なかでも重要だったのが、東海道新幹線の開通だろう。オリンピック準備のために投じられた1兆円のうち、3700億円が東海道新幹線の建設に当てられたといい、開会式の10日前に開通している。東京では国立競技場や日本武道館などが建設された。

 なお、この時のオリンピックの開会式は10月10日。今から考えるとかなり遅い日程だが、過去の気象データから雨の可能性の低く、なおかつ土曜日であるという事情により選ばれたのだという。10月10日はその後、体育の日として国民の休日になっている。

 いざオリンピックが始まると、よく知られているように多くの人びとは熱狂的にそれを受け入れた。このあたりの事情について、日本放送協会世論調査所(現NHK放送文化研究所)の報告書は次のように伝えている。

NHK直後調査によれば、オリンピック競技の実況中継をみたと答えた人は、東京で99%、金沢で98%であった。期間中にテレビの実況中継をみなかった人は、まさに希少価値的な存在であった。・・・期間中の調査によれば、東京でオリンピック競技の中継をテレビでみている人のうち61%の人びとが非常によく見ていた。みる程度を度外視して、中継をみると答えた人は94%にのぼる。この「みる」と答えた人のうち、55%は「オリンピックの競技ならなんでもみる」、また、「みる」人の51%は「ほかのことは多少犠牲にしてもみる」と答えた。まことにすさまじい勢いであった(2)。

 オリンピック開催中、テレビがついていた時間は一世帯平均で8時間15分(通常は5時間49分)。NHKでオリンピックを見る人が多く、同局の視聴時間は大幅に長くなっている。マラソン競技中には電話の通話量が激減し、ゴール直前ごろにはほぼ休止状態だったという逸話や、日本対ソ連で行われた女子バレーの決勝戦の平均視聴率はスポーツ中継歴代1位の66・8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)を記録したという逸話などが残っている。日本勢が好調(金16、銀5、銅8)だったことも、ブームに拍車をかけた要因と言えるだろう。

 男子マラソンで銅メダルを獲得した円谷幸吉がその後に自殺し、「父上様、母上様、三日とろろ美味しうございました」から始まる遺書が衝撃を与えたことはよく知られている。

 そして、オリンピックにつきものなのが、ナショナリズムの高揚だ。実際、当時の文部省はオリンピックを通じて日の丸や君が代に対する愛着を培うように学校に通達を出している。その通達がどこまで影響力を持ったかは分からないが、世論調査を見てみると確かに1964年には「君が代」への愛着は強まっている。もっとも、1975年には世代交代も手伝ってかむしろ低下していたりもするのだが。

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 なお、上述の日本放送協会世論調査所は「今度のオリンピックは一流国としての日本の実力を世界に示したものだと言える」という今からすると凄いワーディングの質問を行っているのだが、それに対して75.2%の人がイエスと回答しているので、「経済大国」としてのナショナル・アイデンティティの定着にはそれなりの効果を発揮したのではないだろうか。

 最後に。2020年のオリンピックに関しては、1964年と同様、いろいろな意見がある。大賛成という人がいる一方で、今からでもとにかく返上してほしいという人もいる。その両極の間に、決まったからにはしっかりやれとか、様々な留保を付けたうえで応援したいとか、単なる国威発揚でしかないのなら中止して欲しいとかいう人がいる。大きな行事に関して反対や批判があるのは当たり前の話だ。別に「日本はひとつ」にならなくていい。むしろ、様々な意見を聞きながら、返上はしないにせよ21世紀の東京オリンピックのあり方を模索してほしいと思う。

脚注

(1)日本放送協会世論調査所(1967)『東京オリンピック日本放送協会世論調査所。
(2)前掲書、p.72。