擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

「気持ちよさ」の代償

『毎日』と『産経』のすれ違い 先日、『毎日新聞』に「『気持ちいい』は気味悪い」というコラムが掲載された。『産経新聞』を読むと気持ちが良いという声に疑問を呈する内容だ。自分と同じような意見だけを読んでいければ確かに気持ちが良いかもしれない。し…

吉田証言はどこまで国際世論を形成したか

(ツイートのまとめに加筆) 吉田証言の影響力を検証するには 慰安婦の「強制連行」に関する吉田清治氏の証言とそれに関する報道はどこまで国際世論を形成したのか。いきなりで恐縮だが、ぼくには分からない。分からないのだが、これに関して思うところを少…

新聞記者とツイッター

池上彰さんのコラムが『朝日新聞』にいったんは掲載を拒否されたことをめぐって、同紙の記者の多くが社の方針にツイッター上で反対を表明したことが話題を呼んだ。 ぼく自身はこの動きを好意的に見ていたのだが、批判も少なくない。やらせじゃないのか、自分…

朝日新聞問題に寄せて(追記あり)

慰安婦検証報道の問題点 『朝日新聞』が大変なことになっている。 8月5日、6日に行われた同紙の慰安婦報道の訂正に端を発して、他の新聞や週刊誌が激しく『朝日』を批判している。また、今年5月に『朝日』が報道した福島原発事故に関する「吉田調書」の報道…

「人生の目的」は語らないほうがいい

いまからちょうど20年前、ぼくが大学2年生だったころの話だ。 やっと大学に入学できたという高揚感はとうの昔に冷め、ぼくはいかにも若者らしい悩みを抱えていた。「自分が生きている意味がわからない」というやつだ。 周囲を見渡すと、ぼくよりも何かに秀で…

アジールとしての学校

若い人たちによく見られているアニメ作品には「アジール」が登場することが多い。 アジールというのは、外部から隔絶されていて、そのなかでは外部とは別の秩序が成立している空間のことを指す。アニメ作品における典型的なアジールは部室だ。たとえば、『涼…

批判の流儀

先日、都議会での野次問題に関連して、注目を集めたエントリがある。どこかの大学の教員が授業の枕として話した内容の概要だという。 思慮深いみなさんの事ですから間違える事は無いと思いますが、念のために助言しておきます。この件でネット上で当事者を批…

「政治的なもの」を飼い慣らす(2)

(前回)「政治的なもの」を飼い慣らす(1) - 擬似環境の向こう側 ご存知の人も多いと思うが、「出羽の守」という言葉がある。 「イギリスでは…」「アメリカでは…」というように外国がいかに優れているかを強調する。返す刀で日本がいかに駄目かをこき下ろ…

「政治的なもの」を飼い慣らす(1)

先日、ネットで舞の海秀平氏の「排外」発言が話題になったことがあった。発端になったのは『週刊金曜日』のこの報道。舞の海氏の発言として、以下のように伝えている。 「外国人力士が強くなり過ぎ、相撲を見なくなる人が多くなった。NHK解説では言えない…

「話せばわかる」という欺瞞

ぼくが電話回線を使ってネットに初めて接続したのは、いまからもう20年近く前の話だ。日本でインターネットの商業利用が開始されてからまだ数年しか経っておらず、当時のぼくにとってネットはそれほど面白いものではなかった。 むしろ、ネットに接続するつい…

研究者にとっての運、または偶然の出会いについて

佐々木倫子さんのマンガ『動物のお医者さん』には、菱沼さんという女性が登場する。 手元にないので記憶に頼って書くが、彼女は実用的な細菌を発見するのに長けており、発見が商品化されたこともあるのだという。そのために彼女をライバル視する大学院生もい…

分析概念の暴力

ぼくが嫌いな言葉の一つに「御用学者」がある。 言うまでもなく、震災後に急速に使われるようになった言葉だ。その意味は、電力会社から研究費を受け取っているがゆえに原発の安全性ばかりを言い立てる研究者ということになるだろう。 もっとも、実際の用途…

マイルドヤンキーの近代化

1950年代から60年代にかけて、米国の社会科学では近代化論なるものが隆盛を誇っていた。 当時、植民地支配から次々と独立を遂げていった国々をいかにすれば欧米のような近代国家へと成長させることができるのかが近代化論のテーマだった。もちろん、その背後…

フエルテベントゥラ紀行(3)

フエルテベントゥラ紀行(1) フエルテベントゥラ紀行(2) 誰も読んでいないんじゃないかというこの紀行文、なんと前回のエントリにスターが付いた。少なくとも一人は読者がいるわけだ。なので、たとえ読者が少なくともとにかく完結させねばなるまい。 さ…

フエルテベントゥラ紀行(2)

フエルテベントゥラ紀行(1) ブログは「テーマを決めて書け」とよく言われる。そういう意味では、普段、堅苦しい話ばかり書いているこのブログでお気楽な紀行文を書くというのは、コンセプトとして間違っている。間違ってはいるのだが、(1)を書いてしま…

フエルテベントゥラ紀行(1)

子育て中の人間にとって、紀行文は非常に相性が悪い。 なぜかと言えば、むろん子育て中の人間はフットワークがものすごく重いからだ。 たとえば、紀行文と言われて最初にぼくが思い出すのは、沢木耕太郎さんの『深夜特急』だ。香港からロンドンまでという長…

子どもを産まないというモラル

<ずっと前に別のところに書いた文章に加筆、修正> 「だいじょうぶよ」というのが、その頃の妻の口癖だった。つづく言葉は、「なんとかなるって」。そう言って、いつも疲れてはいるけれど屈託のない笑みを浮かべるのだった。(中略)だが、いまの妻は、めっ…

努力の価値は

励ましの言葉にはタイミングが大切だ。タイミングを逸した励ましは毒になる。 うつ病の人に「頑張れ」という励ましは禁句だと言われる。うつ病になるのは責任感が強い人が多く、そんな人に努力を促すことはかえって追い込んでしまうことになるからだという。…

分析の封殺

再帰的な被告人 えらい文章を読んでしまった。『黒子のバスケ』脅迫事件の被告人意見陳述である。ネットで話題になったので、読んだ人も多いだろう。「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開 「黒子のバスケ」脅迫事件の被告人意見陳述全文公開2 …

本棚に圧倒される

さすがに大都市だけあって、ロンドンには書店がたくさんある。 今日はいつもと違うルートで大学図書館に向かって歩いていると、大きな書店に出くわした。さっそくなかに入り、ぼくの専門分野の本が置かれている階まで上がる。最上階の人気のあまりないエリア…

「ドロドロしたもの」の政治学

かつて田中角栄は「政治は欲望の分配」と述べたのだという。 政治家には様々な人びとが利権を求めて群がる。それをどう調整し、多くの人びとを満足させるかに政治家の手腕はかかっているというわけだ。利益の調整を得意とした田中らしい言葉だと言える。 も…

『原発ホワイトアウト』

先日、日本から届いた若杉洌『原発ホワイトアウト』(講談社、2013)を読み終えた。現役のキャリア官僚が原発をめぐる政財官の癒着を告発した小説、ということで話題になった。以下はネタバレである。 読後感はよろしくない。原発を早急に再稼働させようとす…

ユダヤ人差別とリップマンの間違い

20世紀のアメリカを代表するジャーナリスト、ウォルター・リップマンはユダヤ系の出自だった。 だが、彼はアメリカのエスタブリッシュメントに加わることに力を注ぎ、自らがユダヤ系の生まれであることにこだわりは見せなかった。むろん、それは個人の生き方…

『反コミュニケーション』

藤子・F・不二雄の短編マンガに「テレパ椎」という作品がある。 記憶に頼って書くと、この作品の主人公は「それを持っていると他人が何を考えているのかが全てわかる木の実」を拾う。そのため、他人が遠慮して言わないものの心のなかで考えていることが読め…

脱成長と団塊ジュニアの『三丁目の夕日』

時期を逸した話題ではあるが、都知事選に対して細川護煕候補が「脱成長」なるスローガンを掲げて話題になったことがあった。 ネット上ではかなり批判があったが、とりわけ40代以下の世代はあれを見てガックリした人が少なくなかったのではないだろうか。「脱…

ジャーナリズムの精神

NHKの問題をはじめとして、メディアやジャーナリズムのあり方が改めて問われている。ぼく自身はジャーナリストであったことはないし、偉そうに何かを言う資格もない。そこで、20世紀を代表する米国人ジャーナリストであるウォルター・リップマンに登場を願う…

日本の自画像

平和国家としての自画像 主語の大きな話には気をつけなくてはならない。 大した根拠もなく「日本人はこうだ」とか「中国人はああだ」などと語るのは、ほとんどの場合、ステレオタイプの反映にすぎない。日本には1億2千万人以上の人がいるし、中国に至っては1…

ミルズとラザースフェルド

チャールズ・ライト・ミルズという社会学者がいた。彼が書いた『社会学的想像力』という著作は、国際社会学会の会員たちが選んだ「20世紀の重要な社会学の著作」の第2位にランクインされるほどよく知られている。 他方で、ポール・ラザースフェルドという社…

「世界最悪の事態」を迎えた人びと

安部首相が現在の日中関係を第一次世界大戦前の英独関係に例えたということが話題になっている。 今年は第一次世界大戦が勃発してからちょうど100年目ということもあり、何かと話題になることも多い。そこで、このエントリでは、当時の人びとが第一次世界大…

「それは私にとって都合が悪い」

多くの人は自分の主張をするさい、何らかの理由づけをする。 なぜそのラーメン屋に行くべきのかと問われれば「美味いから」「店員の女の子が可愛いから」などという答えは自然だろうが、それが「国益に叶う」からだと言われればさすがに引いてしまう人が多い…