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擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

人生の選択

 森見登美彦さんの『四畳半神話大系』をひさびさに再読した。

 主人公の大学生が入学直後にどのような人間関係に身を置くかでその後のキャンパスライフに生じる違いを描いた作品だ。ううむ、この説明だとこの作品を実際に読んだ人にしか伝わらないかもしれない。

 とにかく、この物語の重要な要素が選択である。そこで思い返してみれば、ぼくの人生においてもわりと決定的な違いを生んだのではないかと思しき選択の瞬間というのが確かにある。

 実はこの話は別のブログに書いたことがある。だが、そのブログはわりと不幸な結末を迎えたので、いまネットにはこの話は落ちていない。そこで、この話の供養という意味でも再録してみたい。願わくば、このブログが不幸な結末を迎えませんように。

* * *

 そのころ、ぼくは19歳。二度目の大学受験を控えた予備校生だった。当時、ぼくは人に近況を訊かれても浪人生をやっていると言うのが恥ずかしく、予備校生という呼称を採用していた。大手の某予備校に通い、不毛な受験勉強に邁進する毎日であった。

 12月に入ったばかりのころだったかと思う。その日、ぼくは通っていたのとは別の予備校の自習室に潜り込んで勉強をしていた。大学受験のハードルが今よりも高かった当時、巷には受験生が溢れており、通っていた予備校の自習室が満室で使えないということがよくあった。そこで友人とともに近隣の予備校の自習室にこっそりと入り込んでいたのである。もちろん良くないことである。反省している。

 しかし、潜り込まれた方の側も、どうやら別の予備校の学生が入り込んでいることを察知していたのだろう、その日は突如として自習室にバイトと思しき集団が現れ、いまから学生証チェックを行うという。ぼくを含む慌てふためいた何人かの侵入者は早々に荷物をまとめ、自習室から遁走したのであった。

 自習室から命からがら逃れたわれわれは、やむをえず自分たちが通っていた予備校に戻った。その時間になると、すでに空き教室がいくつかあり、われわれはそのうちの一つに陣取って勉強を始めた。

 するとそのとき、校内アナウンスが流れた。なんでも某大学の説明会をいまから開始するのだという。その日の午前中にもそんなことを耳にしていたが、もともと受験するつもりのない大学だったので、すっかり忘れていたのである。これも何かの縁かもしれない。ぼくは気まぐれにその説明会に出てみることにした。

 説明会が終わるころ、ぼくの本命の志望校はその大学になっていた。無味乾燥な浪人、いや予備校生の生活があまりに長すぎたのか、とにかくぼくはその説明会にすっかり圧倒されてしまった。予備校からの帰り道にはさっそくその大学の赤本を購入していたのではないかと思う。

 12月に入ってからの突然の志望変更ということもあってか、一番の志望学部は補欠不合格という残念な結果に終わった。しかし、その大学の別の学部には合格し、そこに進学することにした。かくして自習室に潜り込んでいた不届き者を締め出そうという予備校の判断は、一人の予備校生の進路を変えたのである。

* * *

 4月になった。その日、ぼくは大学の入学式に出席したあと、キャンパス内を一人で歩いていた。大学といえばサークル活動である。ぼくは中学、高校と陸上競技をやっていたこともあって、陸上同好会に入ろうかと考えていた。

 陸上同好会の出店の前にやってきた。出店には一人の学生が座っていた。きっと入会希望者を待っているのだろう。しかし、ぼくには自分から声をかける勇気がなかった。そこで、出店の前を何度も行ったり来たりした。しかし、一向に声をかけてくれる様子がない。ぼくの相貌からして、いかにも陸上競技に縁がないように見えたのかもしれない。

 そこでへこたれたぼくは、家に帰ることにした。初めての一人暮らしを始めたばかり、まだまだ買い揃えねばならないものはたくさんある。

 校門に向かって歩いていると、ぼくは二人の女性に声をかけられた。音楽サークルの勧誘であった。高校では美術選択だったぼくと音楽との距離は遠く、自分からは絶対に入ろうとは思わない系列のサークルだった。普通なら丁重にお断りする類の勧誘のはずである。

 ところが、男ばかりに囲まれた予備校生活の結果、女性に対するぼくの免疫力は異常に低下していた。店で女性店員に話しかけられただけで赤面してしまうほどだった。そんな事情もあり、女子大生二人にうまくお断りすることができなかったぼくは、なぜか彼女たちから学食でお昼ごはんをご馳走されることになってしまった。

 とはいえ、そこでしつこく勧誘されたわけでもなく、気が向いたらそのサークルが拠点としている部屋に来てみてね、といった程度の話を聞いただけでその場は終わる。彼女たちは何処ともなしに姿を消した。

 身銭を切ってお昼を奢ってもらった以上、サークルに入るかどうかは別にしても、部屋に行かないというのはあまりに不義理ではないか。そう思ったぼくは、とりあえず教えてもらった教室に向かった。そして、その日からほぼ4年間にわたって、ぼくはそのサークルに身を置くことになったのである。ちなみに、新入生におごるご飯代がサークルとして予算化されていたことをぼくが知るのは、ずいぶん先の話である。

 かくして、陸上同好会の出店のまえでうろうろする新入生に声をかけなかったどこかの誰かは、その決断によって新入生の人生を変えた。たかがサークルごときで、と思われるかもしれないが、ぼくは結局のところそのサークルで人生の伴侶と出会い、子まで成したわけであるからして、言わば陸上同好会のその誰かは言わば不作為によって新たな生命の誕生に貢献したのである。

* * *

 大学2年生の学期末の試験を目前に控えたある日のことだ。その日、ぼくは大学図書館で勉強をしていた。いや嘘だ。ぼくが所属していたサークルでは試験前になると図書館の片隅に陣取り、みんなで勉強することになっていたのだが、それはまったくもって勉強するのに向いていない空間であった。勉強するどころかおしゃべりばかりしていたし、先輩が麻雀のメンツを探しにやってくることも多かった。試験の始まる2時間ほど前に「単位が~」と泣き言を言いながら、先輩と雀卓を囲んでいたこともあった。当然、成績は決して褒められたものではなかった。

 そんな試験期間のさなか、いつものようにだらだらとおしゃべりに興じていたぼくは、あろうことか試験の時間や場所をきちんと把握していないことに気づいた。今のように試験情報をネットで気軽に確認できるような時代ではない。そこでぼくは、大学の教務掲示板に試験の時間と場所を見に行くことにした。

 掲示板に近づいたとき、ぼくはある張り紙に気づいた。それは新たに開設されるというゼミに関するお知らせだった。ゼミのテーマは「マスメディア論、ジャーナリズム論、情報化社会論」。そのとき、ぼくの頭に閃くものがあった。

 当時のぼくは3年生になった暁には日本政治のゼミに入ることを考えていた。しかし、どこかフィットしないような印象も受けていた。そんなおりに見つけたのがこの張り紙だったのであり、これこそがぼくが求めていたゼミではなかったかと思ったのだ。ちなみに、このゼミの告知はひっそりと行われたこともあって、ゼミの存在自体に気づかなかった学生も結構いたという。

 結局、ぼくはそのゼミの選考を受け、なんとか潜り込むことができた。さらに、そのゼミの指導教授のもと、修士、博士課程へと進学してしまい、いまでもお世話になっている。かくして、試験の日程と場所をきちんと把握していなかったというぼくの不注意は、結果として一人の大学教員を生み出すに至ったわけである。

* * *

 人生の選択とは、一般に深い苦悩のうえの決断としてイメージされるのではないかと思う。しかし、ぼくの人生の決定的局面は、気まぐれと不作為と不注意によってもたらされた感がある。なんとも主体性に欠けた人生である。

 今でもときどき、あの大学説明会に出席しなかったら、別のサークルに入っていたら、あるいは事前にきちんと試験の日時と場所を把握していたらぼくの人生はどうなっていたのかを考えることがある。もしかしたら、『四畳半神話大系』がそうであったように、結局は同じような人たちと巡り合い、同じような職業に就いていたかもしれない。しかしまあ、そんなことはたぶんなかっただろう。

 別の大学に進学し、キャピキャピの女子大生からモテモテの4年間を過ごすことになったかもしれない。1年生のときに真面目な学術系サークルに入っていたら、いまごろ研究者としてももっと大成していたかもしれない。あるいは、別のゼミに入っていたら、学問の面白さに目覚めることもなく、いまごろ会社経営者として都心のタワーマンションの最上階にある自宅から高級ワインを片手に夜景を眺めていたかもしれない。もちろん着用しているのはバスローブである。

 だが、モテモテの4年間はどの大学に行っていようと実現は難しそうだし、そもそもぼくはワインを飲むとすぐに酷い頭痛に苦しむような下戸である。バスローブは持っていない。研究者としての大成は…今からでも遅くはないと思いたい。

 人生の選択はもちろんいつになっても止むことはない。でも、多くの人にとって人生の大きな方向性を決めるような選択はやはり10代から20代にかけて行われることが多いのではないだろうか。

 その時期をどのように過ごそうともおそらくはどこかに後悔は残る。一生懸命に勉強をすればもっと遊べば良かったと思うかもしれないし、遊んでばかりいればもっと勉強してよかったと思うかもしれない。それでも、選択ができるということそれ自体が若さの特権だし、後で後悔するにしても選択の時点では納得のできるものを選んで欲しい。何も選ばないこともまた選択の一つなのであるし。

 そして、若い人たちがそうした選択をできるよう条件をきちんと整えてあげることが、大人の役割なんだろうと思う。