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擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

尾崎豊と疎外論の復権?(1)

学問

尾崎豊はどうやって「仕組まれた自由」に気づいたのか

 ネット界隈では尾崎豊の評判は良くない。当たり前だろうとは思う。「♪盗んだバイクで走りだす」と聞かされれば盗まれた側に同情し、「♪夜の校舎 窓ガラス壊して回った~」と聞かされれば「なんと迷惑な…」と思い、「♪自分がどれだけ強いか 知りたかった」と聞かされれば「ストⅡ(世代によってはスマブラかもしれん)の話?」などと思ってしまう人がネット住人の多数派ではなかろうか。

 さて、そんな尾崎豊『卒業』という歌に次のような一節がある。

「♪仕組まれた自由に 誰も気づかずに あがいた日々も 終わる」

 しかし、よく考えれば、この歌詞は変だ。自由が仕組まれていることに誰も気づけないのなら、尾崎豊はどうやってそのことに気づいたのだろうか?盗んだバイクで走りだしたか、それとも夜の校舎の窓ガラスを壊してまわったからだろうか。まあ、本人は窓ガラスを壊したりしてないらしいけど。

 これは一見すると、下らない揚げ足取りに見える。というか、実際そうだ。しかし、今日のテーマである「疎外」について考えるうえではかなり重要な問いかけなのだ。

疎外論とは何か

 かつて疎外論というものがあった。これは、不平等な資本主義社会を多くの人びとがなぜ受け入れているのかという問いかけと密接に関わっている。そもそも社会の仕組みは人間が作り出したものである。ところが、それが定着してくると、そこに生きる人たちにとっては「自然なもの」「所与のもの」に見えてくる。そのため、社会のあり方がどれだけ本来の人間の生き方からは遠ざかったものであったとしても人びとはそれを受け入れるしかなくなってしまう。これが疎外という状態だ。

 しかも、疎外なるものの性悪さは、疎外されている人たちをさらに疎外の事実からも疎外してしまうという点に現れる。つまり、客観的に見れば疎外された生き方をしているにもかかわらず、主観的には自由だと思い込んで生活しているというのだ。まさに、人びとは「仕組まれた自由」を生きているにもかかわらず、そのことに気づいていないというわけだ。たとえば、ヘルベルト・マルクーゼは次のように言う。

抑圧的な全体の支配下では、自由は支配の強力な道具となりうる。個人に開かれている選択の余地は、人間的自由の度合いを決める決定的な要因ではなくて、なにが個人によって選ばれうるか、またなにが実際に選ばれているかが、その決定的な要因なのである。
(出典)ヘルベルト・マルクーゼ(1964=1974)『一次元的人間』河出書房新社、p.26。

 マルクーゼに言わせると、資本主義社会にとって都合がよい行動パターンがうまく個人の欲求に移し替えられている。たとえば、資本主義が存続するためには、消費者が必ずしも必要ではない商品(流行の服とか)を大量に購入することが必要だが、広告などを通じてそういうものを「買いたい」という願望を植え付けている(だから、「若者の○○離れ」みたいなのが話題になりやすい)。しかも、その選択は、押しつけられたものではなく自分自身で自由に行ったという感覚によって行われている。自由に選んだつもりが、実はコントロールされているにすぎないということだ。

尾崎豊と管理社会

 日本で1970年代ぐらいから80年代にかけて盛んに展開された管理社会論は、こうした疎外論の影響を強く受けていた。それによれば、人びとは巧妙にコントロールされているにもかかわらず、「自由だ」と脳天気に思い込んで生活しているのだという。

今日人びとは生の全体性・現実性から疎外されているだけでなく、その疎外からもまた疎外されている。すなわち、自分が疎外されていること自体を疎外し、抑圧されていることを抑圧し、自己忘却していることを忘れ去るならば、もはやいかなる問題もなく、管理社会のなかで日々是好日である
(出典)栗原彬(1982)『管理社会と民衆理性』新曜社、p.104。

 尾崎豊『卒業』を歌った1985年当時には、このような発想が広がり、マスメディアでも「管理社会」という言葉が広く用いられていた。高度経済成長を経て、豊かさを実現した日本社会。しかし、それがもたらした一種の息苦しさを説明するうえで、管理社会という言葉が便利に用いられていたのだろう。尾崎の歌に管理社会へのそうした反発が反映されていたと見ることはそれほど不自然ではないだろう。

おそらく尾崎は、幼いころから両親の背中をみて、管理社会の苛酷さを感じとってきたのだろう。父親は公務員(防衛庁事務官)で、遠くに転勤させられてもがまんして、毎朝始発に乗って通っていた。母親もまた遅くまで働く人だった。いくら疲れても、親は子供や生活のために、自分を酷使していかなければならない。尾崎はそういう親の姿をみて育った。(中略)
尾崎によれば、人々はみな、この現実社会のカラクリが虚構にすぎないことを、潜在意識のなかで理解しているという。この社会が「仕組まれた自由」から成り立っていることを、すでにみんな知っている。では、この「仕組まれた自由」から卒業することはできるのか。
(出典)橋本務(2007)『自由に生きるとはどういうことか』ちくま新書、pp.146-148。

 しかし、このエントリの最初でも触れたように、「仕組まれた自由」への批判はどうにも「上から目線」の部分がある。普通の人は潜在意識のなかでしか理解しないことを、どうやって尾崎は理解することができたのか。「お前らの自由は仕組まれたものでしかないんだよ!」と言い放つ権利がなぜ尾崎豊にあると言えるのか。

 そして、この尾崎への批判は、そのまま疎外論にも当てはまってしまうのである。疎外論者が人びとの自由が偽物でしかないと言うとき、彼ら、彼女らにはどんな資格があって「偽物の自由」と「本物の自由」を区别できるというのか。結局のところ、それは疎外論者が一般の人たちよりも一生懸命勉強したから、というものしかない。しかし、そうした「上から目線」の人はやはり反発を買いやすい。「俺が本物の自由の味を教えてやるぜ」などと言い換えると、どこのセクハラ親父だよという印象をも受ける。

管理社会論の終焉

 さらに、1990年代以降になると、いわゆる管理社会そのものの屋台骨がきしみ始める。福祉国家が批判の対象となり、規制緩和が進行し、非正規雇用が増大する。そうなると、「たとえ管理されていたとしても、ちゃんとした仕事があるだけマシじゃないか」という話にどうしてもなる。たいていの場合、「面倒を見る」ということと「管理する」ということはイコールだ。そのため、管理社会論自体がどんどんと後退していく。

 いまでも管理社会という言葉が用いられることはあるが、それはテクノロジーによって人びとが監視され、コントロールされる社会というニュアンスが強く、かつての管理社会論とはかなり趣が違っている。

 というわけで、管理社会への反発を前提とするような尾崎豊の歌もすっかり評判が悪くなってしまった。親や社会が敷いたレールへの抵抗というのは、レール自体がなくなってしまっては意味をなさないのだ。

 しかし、疎外論と共通する発想を持ちながら、まったく別の観点から議論を展開している最近の研究があることに気づいた。それがうまくいくなら、もしかすると尾崎豊が復権する見込みもあるのだろうか?

 というところまで書いて、相当に長くなったので、続きは次回ということにしたい。