擬似環境の向こう側

(旧brighthelmerの日記) 学問や政治、コミュニケーションに関する思いつきを記録しているブログです。堅苦しい話が苦手な人には雑想カテゴリーの記事がおすすめです。

「愛国教育」の行き着くところ

 愛国的な教育を標榜する小学校が大きな話題になっている。

 森友学園による元国有地の取得価格が安すぎるのではないかという疑惑に端を発して、さまざまな問題が語られている。言うまでもなく、国有地の取得過程や同学園の教育内容に関して、語りうる資格をぼくは持たない。あえて言うとすれば、子どもたちが健やかな環境のもとで学んでいけるよう決着させることが大人としての責任だろう。

 このエントリで取り上げたいのは、森友学園の籠池理事長がTBSラジオの番組である『荻上チキ・Session-22』に出演したさいに語った内容についてだ。籠池氏が語った内容については、その音声および抄録の書き起こしが公開されているので、興味のある方はそちらを参照されたい。

 籠池氏は冒頭、自分たちは子どもたちに「性善説」を教えていると語っている(先の書き起こしには未収録)。同氏の言う「性善説」の定義は定かではないが、文脈から言って「人は善意で行動する生き物だ」というぐらいの意味だろう。要するに、「自分もまた善意で動いているのであり、勘ぐられるような悪意ある行為などしていない」ということなのではないかと思う。

 ところがその直後、国有地の取得価格の公表を求めた木村真市議や、この問題が大きな注目を集めた契機となる報道をした朝日新聞の話になると、籠池氏は唐突に「性善説」を放棄する。彼らの批判は「するため」のものでしかない、つまりイチャモンをつけることが目的であって、国有地云々というのは難癖でしかないというのだ。そしてその背後には、衆議院議員に立候補したいという功名心や愛国心教育の阻止といった動機があると示唆する。

 自分たちは善意にもとづいて行動するが、自分たちと敵対する人びとは悪意によってのみ行動する。言い換えれば、自分たちは愛国者だが、敵対する人びとは非愛国者であるか、外国の手先でしかない。こうした認識に、ある種の愛国心に内在する問題があらわれているようにも思える。以下では、この点について論じてみたい。

愛と差別の関係

 『想像の共同体』などの著作で知られるナショナリズム研究者ベネディクト・アンダーソンは、ナショナリズムをわりと肯定的に評価している。たとえば彼は、ナショナリズムが同胞への愛に基づいているのに対して、人種主義は他の人種への差別に依拠していると論じる。

 ところが、この分類に対しては批判もある。愛と差別は簡単には切り離せないというのだ。ありがちなフィクションのストーリーを例に考えてみよう。

 主人公とヒロインとは深い愛情で結びついているが、普段はその感情をなかなか素直に表現することができない。ところが、ヒロインは悪の組織の手に落ちてしまう。主人公はそこでヒロインに対する深い愛を確認し、危険をおかして救出に向かう。

 この例に示されるように、愛がもっとも燃え上がるのは、その対象が脅威にさらされているときにほかならない。もちろん、自然災害や病気のように明確な敵が存在しない脅威も存在する。けれども多くの場合、脅威をもたらしているとされるのは、特定の人物あるいは集団だ。だからこそ、愛の強さは憎しみによってブーストされる。愛国心は、外国からの脅威に自国が晒されているときに、もっとも燃え上がりやすいのだ。

 それゆえ、愛国心を表明するにあたっては、敵の存在を強調することが手っ取り早い手段となる。そして、こうした手段への依存が深まるほど、敵の存在なくしては愛国心を表明することが困難になってしまう。愛よりも憎しみが前に出てしまうのだ。

 加えて、敵の存在を意識すればするほど、その人は陰謀論に絡め取られやすくなる。敵対的な連中は互いに手を結んでおり、自分たちを陥れるための陰謀をつねに張り巡らせているという世界観に近づいていく。籠池氏による「外国人がわれわれを陥れるために、幼稚園に子どもを入学させた」という主張は、典型的な陰謀論的発想のあらわれと言えよう。

公の場で語られる「愛」は偽善になる

 愛国心には、もう一つやっかいな問題がある。それを公の場で語ることの難しさだ。

 もともと、愛というのはきわめてプライベートな心情であり、公の場でそれを語る人物には、どうしても「うさんくささ」がつきまとう。この点について、政治哲学者のハンナ・アレントは次のように述べている。

友情と異なって、愛は、それが公的に曝される瞬間に殺され、あるいはむしろ消えてしまう。(「汝の愛を語らんとすることなかれ/愛は語ること能わざるものなればなり」)。愛はそれに固有の無世界性ゆえに、世界の変革とか世界の救済のような政治的目的に用いられるとき、ただの偽りとなり、堕落するだけである。
(出典)ハンナ・アレント、志水速雄訳(1958=1994)『人間の条件』ちくま学芸文庫、p.77。

 公の場で愛を語ることは、その瞬間に自己PRや自己正当化といった別の動機を呼び込んでしまう。だからこそ、無償の愛の背後には私的な利益が潜んでいるのではないかという猜疑心も生じやすくなる。人の心のなかを覗くことはできないからだ。

 実際、今回の森友学園の一件に関しても、「愛国心はならず者の最後の隠れ家(Patriotism is the last refuge of a scoundrel)」という有名な警句を引用している人を見かける。18世紀のイギリスの文学者であるサミュエル・ジョンソンの言葉だが、これは愛国心の存在を否定するものではない。

 この言葉が登場するのは、ジョンソン自身の著作ではなく、ジェイムズ・ボズウェルによるジョンソンの伝記『サミュエル・ジョンソン伝』(1775年)だ。これを紐解くと、ジョンソンが批判していたのは、「われわれの国に対する本物の惜しみない愛」ではなく「自己利益を覆い隠すために取り繕う、うわべだけの愛国心」だということがわかる(1934年版、p.348)。つまり、ジョンソンは愛国心なるものが存在することは否定していないが、それが利己的な人物によって詐称されうることを指摘しているわけだ。こうしたジョンソンの警句にも示されるように、「われこそは愛国者なり」という表明は、偽善者という非難を呼び込みやすい。

 そこで登場するのが、自分たちと敵対する人びとの利己性を殊更に強調するという手法だ。この手法を使えば、自分たちは愛国心に満ちた無私の存在だという気恥ずかしい自己提示を行うことなく、自らの利他性をアピールすることができる。「あいつらは自分のことしか考えてない」という非難をする人物は、「自分はみんなの利益を考えている」というメッセージを暗黙のうちに伝えているのだ。籠池氏が木村市議の利己性(衆議院議員になるための功名心)を訴えるのは、自己の利他性を強調するためのレトリックだと考えることができる。

 このように、自らの愛国心の強さをアピールしたい人にとって、利己的な人物は必要不可欠な存在である。「利己的な非愛国者」がいることで初めて、愛国者としての自らの存在が際立つからだ。もし仮に、社会の多くの成員が愛国心に燃えるような状況が生まれたとしても、彼らはどうにかして「愛国心の弱い人びと」を見つけ出し、糾弾することによって自らの愛国心を顕示し続けねばならないのである。

善悪二元論的世界観の拡大?

 まとめるなら、ここで語ったタイプの愛国心は、「われわれ」の利他性を(暗黙のうちに)標榜する一方で、「彼ら」の利己性を最大限に強調し、それを憎悪する。「彼ら」の殲滅あるいは改心を求めているにもかかわらず、実際には自らを愛国者として定義し続けるために「彼ら」の存在に深く依存している。朝日新聞の廃刊を求めながらも、実は「朝日新聞的なもの」をどこまでも必要としている、と言ってもいいかもしれない。

 しかし、「われわれ」には「性善説」を適用し、「彼ら」には「性悪説」を適用して事足りるという世界観はやはり不自然だし、陰謀論にも直結しやすい。「われわれ」のなすことにはどこまでも甘くなるし、「彼ら」の行動はつねに悪意のあらわれとして解釈されてしまう。こうした世界観が拡大していけば政治的対話は困難になる一方であり、教育の場でそれを子どもたちに教えるのはちょっと勘弁して欲しいとも思う。

 今回の森友学園に関する一連の騒動に対する評価を行うには時期尚早だし、それがどこまで波及するのかも分からない。ただ、ぼくが心配なのは、ここで語ったようなタイプの愛国心や世界観が、日本のみならず、さまざまなところで影響力を拡大しつつあるのではないかということだ。

 ネットメディアの普及は、自分の好みにあった世界観に基づく情報ばかりを摂取することを容易にする。最初は半信半疑だったとしても、気がつけば悪意に満ちた人びとが連携して「われわれ」を陥れようとしているといった陰謀論にどっぷり、なんてこともあるかもしれない。そしてそれは、ここで述べてきたようなタイプの愛国者に限った話ではない。

 加えて言えば、これとよく似た世界観は、森友学園の理事長とは対極的な政治的立場にある人たちにも垣間見えることがある。俗に「極左」と呼ばれる人たちが、気づけば「極右」と呼ばれる立場になっていることが珍しくないのは、それら二つの立場の世界観にある種の共通性があるからではないかとも思える。

 以上の不安が杞憂であることを願いつつ、ここでこのエントリを終える。

参考文献

アレント、ハンナ、志水速雄訳(1958=1994)『人間の条件』ちくま学芸文庫
―――、志水速雄訳(1963=1995)『革命について』ちくま学芸文庫
アンダーソン,ベネディクト(2007)白石隆ほか訳『定本 想像の共同体 ナショナリズムの起源と流行』書籍工房早山。
Balakirishnan, G. (1996) ‘The National Imagination’, in G. Balakrishnan (ed.) Mapping the Nation, London: Verso.
Boswell, J. (1934) Boswell’s Life of Johnson (Volume II), edited by G. Hill and L. Powell, Oxford: Oxford University Press.

拙著『ナショナリズムとマスメディア』について

これは「ステマ」ではない

 「ステマ」という言葉は、消費者のフリをして特定の商品やサービスの購入に他の消費者を誘導することを指す。以下の文章は、本を買って欲しい、あるいはせめて最寄りの図書館にリクエストを出して欲しいという著者の切なる願いの反映であり、あえて言えば宣伝文である。

 したがって、これは「ステマ」ではない。

ナショナリズムとマスメディア」事始め

 ぼくが「ナショナリズムとマスメディア」というテーマで研究を始めたのは、1995年のことだ。当時、ぼくは大学3年生だった。

 もともとは国際的な経済格差に関心があり、たまたまマスコミュニケーション論のゼミを志すことになったことから、ゼミに入るための選考では情報発信力の国家間格差というテーマでレポートを書いた。

 その後も同じテーマで研究を進めるべく本を読んでいたのだが、そこで出会ったのがベネディクト・アンダーソンの『想像の共同体』という本だった。ナショナリズム論の古典とも言われる著作である。

 アンダーソンの著作と出会ったぼくは「国際コミュニケーションについて研究するためには、まずはナショナリズムについて学ばねばならない」と考えたのではないかと思う(たぶん)。そこでまずは「ナショナリズムとマスメディア」というテーマで論文を書くことにした。学生論文集の寄稿者をちょうど募集していたからだ。

 この論文を書き始めた当時は、国民国家論ブームだった。冷戦が終結し、新たな世界秩序の模索が続くなかで、基本的な政治単位である国民国家の問い直しが進められていたことがその背景にあったのではないかと思う。そこでは、国民国家がいかにして人びとを「国民」という枠に閉じ込め、そこに包摂されないマイノリティを抑圧してきたのかを告発するという論調の議論が多かった。ご多分に漏れず、ぼくもそうした国民国家論の影響を強く受けた。

 その影響は、ぼくが書いていた論文の結論部分に強く現れた。今にして思えば白黒をつける必要は全くなかったわけだが、当時のぼくはナショナリズムをどう評価すべきかを論じねばならないと考えていたのだ。ナショナリズムを肯定すべきか、それとも否定すべきか。

 一方には、ナショナリズムの重要性を熱く語るアンソニー・スミスのような論者がいて、他方にはナショナリズム国民国家を厳しく批判する国民国家論がある。当時、人間関係にやや疲れていたぼくには、なんとなく後者が魅力的に見えた。ナショナリズムの醸し出す同調圧力みたいなものが、どうしても好きになれなかったのだ。

 学生時代のぼくは、「飲み会では吐いても飲み続け、場を盛り上げろ」等々の同調圧力が苦手だった。空気を読まずに異論を唱えて、うざがられることもあった。ぼくにはそれらの同調圧力と、「挙国一致で敵国に立ち向かうべし」というようなナショナリズムの論理とが地続きに見えた。

 だから、この論文の最後の部分で、ぼくはナショナリズムを「乗り越えられるべきもの」として論じた。

ナショナリズムを肯定する

 それから20年以上にわたって、ナショナリズムとマスメディアというテーマはぼくの研究生活における中心的なテーマであり続けてきた。そして昨年、ようやく『ナショナリズムとマスメディア 連帯と排除の相克』(勁草書房)という著作を上梓することができた。さんざん遠回りしてようやく、なんとか一冊にまとめた感じである。

 ただし、20年前とは変わった点もある。この著作でぼくは、はなはだ腰が引けたかたちではあれナショナリズムを肯定的に論じることになった。ちょっとした「転向」と言えるかもしれない。

 もっとも、「転向」それ自体は、ぼくが大学院生だったころにすでに起きていた。ナショナリズムの勉強を進めるほどに、それがどれだけ自分たちの生活のあり方を規定しているのかを認識するほどに、ナショナリズムを全否定するのは難しいと感じるようになったのだ。加えて、イギリスに留学し、さまざまな国からの留学生に囲まれて暮らすなかで、自分が日本人だという事実からは逃れられないと感じたことも大きかったように思う。

 もちろん、だからと言って「ワールドカップの中継を見ないのは非国民」式の同調圧力が好きになったわけではない。むしろ、人びとがお互いの生活を支え合うための論理としてのナショナリズムを肯定しつつも、それに不可避的に伴う同調圧力をいかに抑制しうるかがぼくのテーマの一つになったと言っていい。

マスメディアという観点から考える

 学部生のころからマスコミュニケーション論のゼミに所属していたこともあり、ぼくの研究においてマスメディアの問題は重要なテーマであり続けてきた。

 マスメディアがナショナリズムを高揚させることは珍しくない。同胞を称賛し、他国への憎悪や蔑視をかきたてる。あるいは、自国民をきわめてネガティブに描くことによって、改革の必要性が訴えられることもある。

 たとえば、寛容な福祉制度のせいで国民がすっかり堕落してしまった(だから、制度の改革が必要だ)というタイプの主張を保守的なメディアが展開することは珍しくない。「GHQによる洗脳のせいで戦後の日本人は骨抜きになってしまった」という言説をそこに入れてもいいかもしれない。

 もっとも、マスメディアの役割はそれにとどまらない。われわれの多くは、遠く離れたところに暮らす、見たことも話したことも、名前すら知らない人を同じ国民だと認識する。そうした「想像の共同体」が生まれるうえで、活版印刷によって可能になったプリント・メディアがきわめて大きな役割を果たしたというのがベネディクト・アンダーソンの主張だ。

 さらに言えば、身の回りの出来事や、もっと規模の大きな出来事をわれわれが理解し、解釈するうえで、国民共同体は基本的な枠組みを提供している。「日本は…」「中国は…」「アメリカは…」といった国民共同体の単位で政治や経済を語ることは日常的な営みであり、マスメディアはそうした認識の枠組みを「当たり前のもの」として日々、再生産している。

 このようにナショナリズムについて考えるうえでは、マスメディアの役割について考えることは重要な課題であり続けている。もちろん、近年においてメディア環境は大きな変化を遂げており、それを勘定に入れる必要があることは言うまでもない。

激変するナショナリズム

 ここ数年、ヨーロッパやアメリカではナショナリズムの高揚がさかんに論じられるようになっている。ヨーロッパ各国における排外主義政党の台頭、イギリスのEUからの離脱、トランプ大統領の「アメリカファースト」など、グローバル化の潮流に反し、国境を越えるヒト・モノ・カネ・情報の流れに対抗しようとする動きが目立つようになっている。

 このような反グローバル化の運動というのは、かつては左派的な色彩が強く、いまもその潮流は残っている。ところが、近年において目立つのは、むしろ右派からの反グローバル化の動きである。

 そもそも、近年の動きを従来の右や左といった対抗図式だけで考えると、見通しを大きく誤ることになる。たとえば、従来の図式で言えば、右が福祉国家化に反対し、左がそれに賛成するという構図が一般的だった。ところが、近年のヨーロッパにおける極右政党の多くはむしろ、福祉制度を移民による「タダ乗り」から守るために外国人排斥を訴えている(実際には、移民が福祉制度を濫用しているという証拠は乏しく、納税などの面での貢献を踏まえると経済全体ではプラスに働くという見解が有力である)。

 あるいは、左がLGBTを積極的に支援し、右がそれに反対するという構図があったとするなら、それもまた揺らいでいる。イスラム教はLGBTに差別的だという理由でムスリムの排斥を訴える政党が支持を集めるケースもあるからだ。

 これとは少し異なる問題として、労働者階級に対する偏見を煽り立てるうえで人種主義批判が用いられることもあるのだという。イギリスの若き論客であるオーウェンジョーンズはその著書『Chavs』のなかで、同国の労働者階級の人びとに対する偏見や蔑視がいかにメディアで流通してきたのかを告発している。ジョーンズの議論のなかでもとりわけ印象的なのが、「労働者階級の連中は人種主義的だ」というタイプの差別である。言わば、ムスリムであれ、労働者階級であれ、「連中は差別的だ」ということが差別の理由づけに用いられるという現象が生じているのである。

 このようにナショナリズムや差別の論理が大きな変化を遂げるなかで、われわれはナショナリズムとどう付き合うべきなのか、そこでマスメディアはいかなる役割を果たしうるのか、という問題意識のもとで執筆されたのが、拙著ということになる。前半ではナショナリズムとマスメディアに関する学説史を辿りつつ、後半ではより近年の諸問題にひきつけて考察を行った。

 ただし、出版助成を受けていることもあり、お求めやすい価格では決してないし、内容的にも読みやすい著作だとは言えない。実際、発売より二ヶ月近く経ったものの、Amazonでの売上げも芳しくないようだし、書評も一向に出ない。

 だが、本を出版した以上、それを一人でも多くの読者のもとに届ける責任は著者にもある。そこで、恥を忍んで、このような一文をしたためた次第である。

 なお、本書は出版助成を受けているので、増刷でもかからない限り、著者のもとに印税は一銭も入ってこない。しがって、「こんな奴を儲けさせたくない」という心配は無用である。

www.keisoshobo.co.jp

マスコミュニケーション論で語る「桃太郎」

 今を遡ること数年前、「桃の鬼退治」が世間の注目を集めるという出来事があった。
 以下は、一人のマスコミュニケーション研究者として、それを記録しておかねばならないという義務感によって書かれた文章である。ただし、多くの部分を知人からの伝聞情報に依拠していることを最初に明記しておかねばならない。現場の状況を知ることが難しい研究者としての限界である。

モラルパニックとしての「鬼の襲撃」

 この出来事の発端を求めるならば、出来事そのものからさらに20年ほど遡らねばならない。当時、知名度の低いある週刊誌が「特集ワイド 桃から人が生まれた?寂れた山村で老夫婦が奇怪な証言」という記事を載せたことがあった。雑誌記事アーカイブで私も読んでみたが、川に流れてきた桃から男の子が生まれたというキワモノ系の記事でしかなく、当然、他のメディアに波及することはなかった。影響力の小さなメディアにこうした記事が載ったところで、メディア・アジェンダ化する可能性はきわめて低い。

 それから何事もなく月日は流れた。その間、老夫婦や男の子のことがメディアで取り上げられることはなかった。風向きが変わったのは、数年前のある出来事がきっかけだった。

 彼らが暮らす山村で、「鬼」と呼ばれるグループが暴れまわっているという報道がなされたのだ。報道によれば、「鬼」たちは突如として凶暴化し、乱暴狼藉の限りを尽くすようになったという。

 もっとも、私に言わせれば、これは典型的なモラルパニックだった。「鬼」グループが暮らす鬼ヶ島はその山村からかなり離れており、「鬼」たちが頻繁に訪れて暴力を振るうには無理があった。「鬼」たちの暴力が山村にある程度の被害を与えたことは否定できないが、それも突然に発生したわけではなく、これまでにも散発的にいさかいは発生していた。

 もともと山村と鬼ヶ島との関係は険悪で、山村の住人が鬼ヶ島を訪れ、さまざまな嫌がらせや乱暴を行っていたことも明らかになっている。ところが、この時には鬼が島の住人を加害者、山村の住人を被害者とする構図がメディアによって作られたことで、これまでとは大きく異なる展開が生まれた。

 以前とは異なる展開が生じたもう一つの要因は、この年、天候不順や農作物の不作、村人の火の不始末による火災など、さまざまな問題が山村に発生したことにあった。そこに「鬼」グループの襲撃が加わったことで、「鬼」たちとは全く無関係な被害までもが彼らの所業にされるというフレーミングが行われることになった。言わば、風が吹こうが雨が降ろうがすべて「鬼」が悪いということにされてしまったのだ。

 そうしたフレームに便乗し、拡大させたのが、ある首都圏キー局のワイドショーだった。この番組によって、「鬼たちが突如として山村を繰り返し襲撃し、大きな被害を与えている」という印象が生み出されることになった。

 ワイドショーのコメンテーターである元警察関係者や社会学者が、一面的な情報にもとづいて「鬼」たちを断罪し、彼らを封じ込める必要性を語った。その社会学者に言わせれば、「鬼」グループは伝統的な社会規範が弛緩し、若者たちが一般的な常識を持ち合わせなくなるという現代の社会病理を体現する存在なのだという。

 そして、この報道は他のメディアにも波及し、大規模なメディア・アジェンダとなっていった。そこで登場したのが、例の老夫婦と男の子だった。

「桃太郎による鬼退治」企画の成立

 「桃から男の子が生まれた」という怪情報を週刊誌に売り込んだことから判断しても、老夫婦にはメディア露出に対する強い願望があったと推測される。そうした老夫婦がこの降って湧いたようなモラルパニックを見逃すはずはなかった。

 山村を取材で訪れていたテレビクルーに老夫婦は「鬼を退治できるのは、この子しかいない」と売り込んだ。かつて「桃から生まれた」とされた男の子は、老夫婦の厳格な管理のもと、自己主張の苦手な青年に成長していた。老夫婦がクルーに必死にまくしたてる横で、青年は硬い表情のまま、ずっとうつむいていたと聞く。

 そのヨタ話に乗ったのが、首都圏キー局の某プロデューサーだった。年末特番の企画を探していた彼は「桃太郎の鬼退治」という筋書きに飛びつき、それを生中継しようと考えたのだ。実際のところ、青年の名前は桃太郎ですらなかったのだが、「桃から生まれた」という設定を最大限に活かすべく、番組ではそう呼ばれることになった。

 かくして番組の企画は進み始めた。大まかなシナリオはこうだ。「桃太郎」(以下では便宜的に彼をこう呼ぶことにする)は、山村を徒歩で出発し、幾多のトラブルを乗り越えつつ、数ヶ月かけて鬼ヶ島に到着する。そして、鬼が島での鬼と対決するわけだが、その部分は年末に紅白の裏番組で生中継することになる。ダニエル・ブーアスティンが「疑似イベント」と呼ぶ、メディアで報道されるという前提があって初めて発生するイベントの典型例と言えるだろう。

 だが、この企画には問題があった。桃太郎の知名度が皆無であり、キャラも薄すぎるということだ。そこで、年末特番に先立って同局の人気番組である『世界が称賛!ニッポンの摩訶不思議』で、桃太郎の出生から鬼が島への出発までが報じられることになった。

 加えて、桃太郎のキャラの薄さを補うべく、何人かの同行者をつけることにした。そこで、プロデューサーが最初に考えたのが、人気お笑いグループである猿蟹ブラザーズの蟹田、栗川、臼元、蜂山、ウシ・フンを桃太郎とともに鬼が島に向かわせるという企画だった。よくは知らないのだが、普通の人間のなかに一人だけ排泄物のマスクを被っている人物が混ざっているという奇妙な構成のグループである。最近の若者の感覚はなかなか理解しづらい。

 ところが、この企画のスポンサーに日本一食品が入ったことでこの案は難しくなった。というのも、猿蟹ブラザーズは、日本一食品と競合する食品メーカーのCMに出演していたからだ。そこでプロデューサーは猿蟹ブラザーズを諦め、素人参加型番組にすることにした。もっとも、素人とはいっても、タレント志望の無名の若者たちである。その名を猿村、雉田、犬山という。

 加えて、日本一食品の要求は厳しかった。同社の新商品である「日本一印のきびだんご」を番組中で取り上げろというのだ。スポンサーの商品を番組出演者に使わせるプロダクト・プレースメントという広告手法である。

 そこでプロデューサーが思いついた奇策が、「日本一印のきびだんご欲しさに、猿村、雉田、犬山は鬼が島に同行する」という筋書きだった。言うまでもなく、きびだんごと引き換えに危険な旅への同行を申し出るというのは、普通に考えればありえない交換条件である。実際、番組制作の現場でもこのプロダクト・プレースメントには反対の声があったと聞く。だが、辣腕で鳴らしたプロデューサーの発言力は大きく、結局、この案は大筋で通ることになったのである。

 こうして「桃太郎の鬼退治」企画はスタートし、まずは『世界が称賛!ニッポンの摩訶不思議』で桃太郎生誕のエピソードが取り上げられた。SNSでは「ありえないwww」「ネタでしょ?」といった声も上がったものの、多くの視聴者はそれを信じたようだった。

 マスメディアが人びとの意見を変えることは難しいが、意見を新しく作ることは可能であるという知見に基づくなら、「人が桃から生まれる可能性はあるかないか」ということについて、多くの人びとは考えたことがなかった。すなわち、先有傾向が存在しないトピックだったのであり、だからこそ荒唐無稽な情報を受け入れることができたのだと想定される。

『鬼が島タイムズ』の孤立

 ここで視点を変えて、鬼が島側の動向についても論じておこう。鬼が島にはかつて良質の炭鉱があり、多くの炭鉱労働者が居住していた。しかし、炭鉱が閉鎖されてからすでに久しく、貧困と高齢化、人口の減少が急速に進んでいた。島の若者の多くは劣悪な環境で育ち、売春や違法薬物に手を出す者も少なくなかった。

 そうしたなか、昔からの因縁の相手である山村で暴力を働いた者がいたことは事実だ。けれども、先述のように、山村の住人たちも鬼が島にやってきては嫌がらせや暴行をはたらいていたのであり、どちらが被害者で、どちらが加害者なのかをはっきりと決めることは難しい。

 にもかかわらず、全国メディアでは鬼が島バッシングが大々的に展開されるようになった。鬼が島にも度々取材はやってきたけれども、「人は見てから定義するのではなく、定義してから見る」というウォルター・リップマンの言葉が示すように、最初から鬼が島の住人たちを加害者として決めつけるスタンスでの報道が繰り返された。

 結果として、鬼が島町役場にはダンボール何十箱分もの投書が送りつけられ、広報の電話も鳴り止まない状態となった。そのほとんどは鬼が島住民に対する批判であり、なかには脅迫文まで含まれていた。島に一つしかない小学校では、保護者による児童の送り迎えが半ば義務化されることになった。わざわざ鬼が島にまでやってきて、落書きやゴミへの放火を行う者までもが現れたからだ。

 そうしたなか、全国メディアに対抗する論陣を張ったのが、鬼が島のローカル新聞『鬼が島タイムズ』だった。同紙は、鬼が島住人を悪と決めつける全国メディアの報道を繰り返し批判し、鬼が島の人びとが置かれた窮状を訴えた。

 だが、そのような声が全国に届くことはなかった。「『鬼が島タイムズ』は偏向した新聞である」「鬼が島の住民を危険な方向に誘導している」といった批判が有名作家や文化人などによってさかんに行われた。『鬼が島タイムズ』は完全に孤立していた。

 「桃太郎の鬼退治」を企画するテレビ局から連絡が入ったのは、ちょうどその頃だった。「鬼退治」の年末特番に「鬼」グループに出演して欲しいというのだ。

 これまで散々、鬼が島に対するバッシングを行ってきたテレビ局からの出演依頼である。普通に考えれば、引き受けるはずがない。しかし、『鬼が島タイムズ』で記者をしている知人から聞いた話によると、鬼が島を訪れたプロデューサーは次のように言い放ったのだという。

「ここまで報道が加熱すれば、何らかの落とし前をつけないと視聴者は満足できないですよ。カタルシスが必要なんです。この騒ぎを終わらせるには、誰かが悪者になって、やっつけられる姿を放送するしかない。そうすりゃ、放送が終わって半年もすれば、みんな忘れますよ。逆に、けじめをつけなければ、嫌がらせはいつまでも終わりません。」

 自分で騒動を焚き付けておいて、この言い草である。だが、このプロデューサーの主張に、それなりの説得力があることも否定できない。最終的には、バッシングに困り果てていた島の大人たちが「鬼」グループの若者たちに土下座までして番組への出演を懇願し、若者たちも渋々それを受け入れた。この話を聞かせてくれた知人の目に光るものがあったことを私は忘れない。

道中のシナリオ

 桃太郎が山村を出発して鬼が島に到着するまでの過程は、『世界が称賛!ニッポンの摩訶不思議』で随時放送された。桃太郎のビデオを流し、スタジオの外国人が「こんな素晴らしい出来事、他の国ではありえないですよ!」と称賛する流れである。

 出発日の早朝、桃太郎に老夫婦が「日本一印のきびだんご」をもたせる。不自然な演出ではあるが、やむをえない。加えて面倒なことに、この山村には日本一食品の競合メーカーの看板が数多く設置されていた。カメラアングルを調整してそれらが映らないように工夫し、どうしても映ってしまう場合にはモザイクで処理する。

 桃太郎の最初の逗留地は、ボクシングジムであった。なにせ彼には格闘技や武術の経験が全くない。その彼が「鬼」グループを倒してしまうのでは、さすがに視聴者も訝しがる。そこで、彼は鬼が島に向かう道中、さまざまな格闘技や武術を学び、強くなっていくというシナリオである。無論、これもプロデューサーの発案だ。

 そして、このボクシングジムで桃太郎と出会うのが猿村である。設定としては地元で暮らすボクサー志望で、中学生の時から地元で喧嘩に明け暮れ、そうとうなヤンチャをしていた経歴の持ち主とされる。実際には、東京の中高一貫校の出身で、現在は東京の私大に通うタレント志望者なのだという。

 猿村の目の前で、桃太郎はわざとらしく「日本一印のきびだんご」を落とす。それを渡すように荒々しく迫る猿村。対して桃太郎は、自分にボクシングで勝ったらきびだんごを渡すと挑発する。ボクシング勝負で桃太郎に敗れた猿村は、桃太郎に心酔し、鬼が島までの同行を申し出るのである。

 同じような出会いと衝突を繰り返し、桃太郎は猿村のほか、雉田と犬山を仲間にする。しかし、ただ仲間を増やすだけでは視聴者が飽きてしまう。そこでプロデューサーが思いついたのが、猿村と犬山との衝突だ。仲間になったあとも二人は衝突を繰り返し、それを桃太郎や雉田が仲裁することで、グループとしての結束が強まっていくというシナリオである。もっとも、実際には猿村と犬山は最初から仲が良く、ロケの合間にはよく二人でパチンコに行っていたと聞く。

 道中、桃太郎は自分に割り振られたキャラをよく演じていた。老夫婦の厳格な管理から初めて解放され、かりそめとはいえども積極的な役回りを与えられたことで、その表情にも徐々に明るさが出るようになった。今回の出来事に一つでも救いがあるとすれば、それはこの気の毒な青年が抑圧的な環境から逃れ出るきっかけになったということかもしれない。

「鬼退治」というメディア・イベント

 ダニエル・ダヤーンとエリフ・カッツは、メディアによる中継を織り込んで実施される儀式的イベントを「メディア・イベント」と呼び、それには戴冠型、競技型、制覇型という三つの類型があると主張した。

 戴冠型とは王族の葬儀や結婚式のように過去と現在との連続性を強調するイベント、競技型とはオリンピックやサッカー・ワールドカップのように現在行われている競技に人びとの関心を集めるイベント、そして制覇型は月面着陸などの未来に向けての人類の進歩を印象づけるイベントを指すという。

 ただし、一つのイベントが複数の性格を有することも多く、その意味で言えば「鬼退治」とは競技型と制覇型をミックスしたメディア・イベントだと考えることができる。生中継される桃太郎一行と「鬼」グループとの対決は競技、桃太郎一行が勝利することで得られるとされる平和と安寧は制覇にカテゴライズされるからだ。

 実際、プロデューサーが「鬼退治」にかける意気込みは並々ならぬものがあった。数年来、このキー局の視聴率は低迷しており、「鬼退治」前年の大晦日には紅白の裏で再放送のアニメ映画を流して「不戦敗」とまで言われていた。だからこそ、巻き返しを図るプロデューサーにとって、通常の格闘技番組にストーリー性を持たせることのできる「鬼退治」は魅力的なコンテンツであったのだ。

 だが、この年の大晦日、『世界が称賛!ニッポンの摩訶不思議4時間SP 今夜こそ桃太郎が鬼を倒す!』の放送日直前になっても、桃太郎一行は鬼が島からまだ100キロほど離れたところにいた。道中の修行編が盛り上がりすぎたために、進行に大幅な遅れが生じたのだ。

 やむをえず、放送前日に桃太郎一行は大型バスで、海の向こうに鬼が島を臨む海岸へと移動した。徒歩での旅というのが建前ではあるが、そんな建前を本当に信じている視聴者がいたとすれば、相当に鈍いと言わざるをえないだろう。

 番組の進行スケジュールでは、最初の1時間で海を渡り、次の1時間で鬼が島の探索、残りの2時間で「鬼」グループとの対決という流れであった。途中、これまでの旅路を振り返る回顧シーンを何度か挿入することで、桃太郎一行の肉体的、精神的成長をアピールする。その総決算が「鬼」グループに対する勝利なのだ。

 番組はスケジュール通りに進行し、鬼が島の町役場前で、桃太郎一行と「鬼」グループが対決するシーンになった。もちろん、すべてが仕込みなので、最初から「鬼」グループが負ける流れである。猿村、雉田、犬山が大暴れし、「鬼」グループのリーダー格を桃太郎が苦闘の末に打ち破る。

 その中継現場を、私の知人である『鬼が島タイムズ』記者は遠くから見守っていた。「鬼」グループのリーダー格の青年は、たしかにやんちゃで乱暴なところはあるが、仲間からは慕われ、知人を「記者のおっちゃん」と呼ぶ気の良い青年である。その青年が、桃太郎の無慈悲な一撃を浴び、地面に崩れ落ちる瞬間、知人はきつく拳を握りしめたという。

 闘いのあとには、「鬼」グループが山村から奪い取ったとされる国宝級の美術品の奪還シーンが放映された。だが、知人は知っていた。その美術品はもともと鬼が島美術館に所蔵されていたもので、数年前の山村側の襲撃で奪い取られたものであったことを。

祭のあと

 以上が、私の知る「桃太郎の鬼退治」の顛末である。「鬼」グループの体を張った演技のおかげで、鬼が島の町役場に対する嫌がらせはずいぶんと減ったという。かつてジャン・ボードリヤールは「われわれに必要なのは、にせものの増殖と暴力の幻覚がもたらす催淫的な味わいである」と述べたが、それは「鬼退治」の視聴者にとっても同様だった。本当に「鬼」グループが討伐されたか否かは重要ではない。悪い連中が打ち倒されたという感覚から得られるカタルシスこそが重要だったのだ。

 その一方で、桃太郎を育てた老夫婦は、今では育児教育に関する著作を何冊も出版し、教育評論家としてワイドショーにも出演するようになった。なかでも『桃太郎の育て方』はベストセラーとなり、その印税で都心のタワーマンションを購入した。肝心の桃太郎とは音信不通だというから皮肉なものである。

 鬼退治に同行した猿村、雉田、犬山は、タレントとしては成功していない。猿村と雉田は芸能界を諦めて一般企業に就職、犬山は一発屋タレントとしてパチンコ屋やスーパーでの営業活動に勤しんでいるようだ。

 そして桃太郎は、今では鬼が島に住んでいる。『鬼が島タイムズ』の知人から事の顛末を聞かされた彼は大きなショックを受け、いまでは同紙の見習い記者として再出発を図っている。

 このネット全盛期、経営的には厳しいローカルメディアではあれども、彼の今後の活躍に期待しつつ、ここで筆を置くことにしたい。

「ポスト事実」の時代をいかに越えるか

「ポスト真実」は使いづらい

 今年も残りわずか…と書こうと思っていたら、年が明けていた。

 ということで、2017年最初のエントリは流行語ともなった「ポスト真実(post-truth)」について考えたい。

 正直に言えば、「ポスト真実」というのは使いづらい言葉だと思う。この言葉が使われるようになった発端は、事実に基づかない発言が大々的に行われたり、ネット上のデマサイトが多くのアクセスを集め、虚偽情報が流布するようになったことにあるのだろう。

 だが、それ以前には真実の情報が流通していたかと言われると、ちょっと首をかしげてしまう。そもそも、真実とはやっかいな言葉なのだ。

「真実はいつも一つ!」ではない

 ここでまず注意したいのは、事実と真実とは異なるということだ。事実とは、一般には誰の目から見ても明らかな事柄や出来事を指すように思う。物騒な例えを用いるなら、AがBを刺したとする。この場合、何をどう解釈しようと「AがBを刺した」ということを否定するのは難しい。

 ところが、真実という場合、そこにはもっと込み入った解釈が含まれることになりがちだ。たとえば、「Aは金銭にまつわる恨みを抱いていたがゆえにBを刺した」という文章には、Aの内面に関する推測が含まれている。心の中を見ることはできない以上、別の解釈が生じる可能性は当然にある。もしかすると太陽が眩しかったからかもしれないし、痴情のもつれがあったかもしれない。

 『名探偵コナン』の有名なセリフに「真実はいつも一つ!」というものがある。そして、実際、コナン君は単に犯人が誰かを当てるだけではなく、その犯行の動機にまで踏み込んで解釈をする。だが、実際にはさまざまな解釈がありえるわけで、コナン君の推理を拝聴しても「そんな動機で、人を殺す?普通?」などと思うことはよくある。

 というわけで、様々な解釈の余地がありうる以上、真実は一つではない。ついでに言えば、本屋やアマゾンでよく見かける『○○の真実』という本は、実際には様々にありうる物事の解釈の一つを提示しているにすぎない。にもかかわらず、あたかも唯一無二の解釈を語っているかのような傲慢さ、他の解釈に対する敬意の欠如を示している点で、信頼性の低い著作が多いような印象がある。

「真実」が共有されていた時代は存在しない

 話を戻せば、「ポスト真実」という言葉からは、それ以前には真実が人びとにきちんと伝達されていたという含みが感じられる。だが、真実には様々なバリエーションがありうる以上、以前には真実がみなに共有されていたと想定するのは難しい。何が真実かをめぐっては、ずっと以前から様々な対立が存在していたからだ。

 その一方で、「ポスト事実」というのであれば、言わんとすることは分からないでもない。つまり、事実関係の明白な誤りを含む情報が大手を振ってまかり通るようになっているということだ。昨年のアメリカ大統領選挙では、ローマ法王がトランプ氏を支持したとか、ワシントンDCのピザ屋でクリントン氏が児童虐待をしているとか、明らかに事実ではない情報がネットを中心に流れたという。こうした情報がこれまで以上に影響力をもつようになったのであれば、それをポスト事実の時代と呼ぶことはできるかもしれない。

旧時代的プロパガンダへの回帰

 ちなみに、歴史的に言うなら、ポスト事実の時代とは、旧時代的なプロパガンダ(政治宣伝)への回帰だとも考えられる。現代的なプロパガンダでは、全くの虚偽情報を流すのではなく、事実の一つの側面だけを流すという手法が重視されると言われたことがあった。

 名著として名高い高木徹『戦争広告代理店』(講談社文庫)によると、旧ユーゴスラヴィアの内戦では、対立する民族集団のいずれもが戦争犯罪に手を染めていたにもかかわらず、セルビア人による「民族浄化」ばかりが大々的に報じられた。結果、「セルビア人=悪」という構図が出来上がってしまったというのが、その事例として挙げられる。

 ところが、ポスト事実の時代においては、そうしたプロパガンダ技術の洗練はどこへやら、間違っていようと何だろうとターゲットに悪印象を与えられれば良しという旧時代的な感覚が蘇ってきたということなのかもしれない。旧時代的なプロパガンダがすたれた大きな要因は、その虚偽性が後でバレた場合に責任問題に発展するということがあった。ところが、責任主体が不明確であることが多いウェブメディアの場合、そうした問題が生じづらいということが旧時代的なプロパガンダへの回帰を容易にしたと言えるだろう。

すべては解釈…なのか?

 これまで「真実」と「事実」との区別を前提に書いてきたが、実際には両者の区別がいつもクリアなわけではない。「ある出来事が本当に起きたのかどうか」をめぐっては争いが絶えないし、歴史認識をめぐる論争の多くも事実の有無をめぐって行われている。

 この点を重視するなら、そもそも普遍的な事実なんてものは存在せず、すべては解釈だという発想にたどり着く可能性もある。同じ現実であっても、人はそれぞれに違った見方をする。だとするなら、普遍的な事実の追求などは諦め、自分にとっての真実を追求すればよいという発想だ。

 これに従うと、自分と同じ政治的立場の人びとは善であり正義だということになりがちだ。他方、自分と対立する政治的立場の連中は私利私欲に動かされる悪人か、歪んだイデオロギーに騙された無能者でしかない。

 こうした世界観は心地良いし、悪人や無能者の悪口は盛り上がる。この記事で鋭く指摘されているように、ページビューを集められるサイト運営者と、嘘ニュースを読んで気分が良くなるユーザーが「ウィンウィン」の関係にあるなら、それで良いじゃないかということにもなる。たとえ、それが実際に起きたことに反する情報であったとしても。

事実に対するニーズは存在しないのか?

 ただ、ここまで割り切った発想をする人というのは、それほど多くはないんじゃないか、という気もしている。たとえば、「あなたの立場にとって都合の悪い情報を遮断し、都合の良い情報だけを選択してくれる情報環境で暮らしたいですか?」という質問をされたとして、イエスと答える人はそんなに多くないんじゃないかと思うのだ。

 嘘ニュースサイトの記事を熱心に読んでいる人の多くも、実際にはそれが心地よいからではなく、それが事実だと思っているからこそアクセスしているのではないかと思う(というか、思いたい)。自分が嫌いな政治家、政党、政治運動、知識人、外国政府、外国人がいかに愚かで邪悪なのかという情報がもたらす心地よさは、確かにそれを事実だと信じさせる心理的傾向を生み出すのだろう。だが、いくら心地よくとも虚偽であるとわかればその情報を拒絶するだけの意思をほとんどの人は持っているとぼくは思う。…もちろん、これ自体がぼくの願望が反映された心理的バイアスの可能性もある。

「ポスト事実」時代のメディアと受け手の役割

 仮にもし、ぼくの想定が正しく、多くの人は事実についてそれほど割り切っていないのならば、「ポスト事実」時代のメディアに必要なのは、逆説的ではあれ、これまで以上に事実にこだわることなのではないかと思う。

 ちゃんと足を使って取材をする、出来事の解釈については多角的な視点を示す等々、ネット情報の断片をつなぎ合わせただけの記事との差異化を図っていくことが求められる。毎日の決まった時間に情報を発信すればよかったかつての時代と比べ、情報を出さねばならない頻度が高まっているウェブ時代のジャーナリズムにおいて、それがたやすくないことは確かだろう。けれども、ポスト事実の時代を越えていくためには、原点に立ち返るよりほかない。

 他方で、情報の受け手に求められるのは、自分にとって心地のよい情報ほど疑ってかかるという構えだろう。自分の応援する人物や集団にとって好ましい情報、それらを一方的な被害者とする情報、自分が嫌いな人物や集団の邪悪さや無能さを強調する情報にはとりわけ慎重になる。そして、自分にとって都合の悪い情報を切り捨てるのではなく、その妥当性についてちゃんと考える。それは面倒だし、しんどいし、時にうんざりするような作業ではある。しかも政治的な関心の強い人ほど、その作業の辛さは増すことになる。

 けれども、実はそこにこそ希望があるとも考えられる。幸いにして、世の中の人の多くはそれほど強固な政治的立場を持たないし、だからこそ潜在的には受け入れがたいはずの情報にもそれほど抵抗なく接することができる。ポスト事実の時代を越えていく鍵となるのは、結局のところ、そういう「ノンポリ層」であるのかもしれない。

『秒速5センチメートル』と『君の名は。』を隔てるもの

12月末なのに『君の名は。』は満席だった

 ぼくの同僚である鈴木智之先生からご恵投いただいた『顔の剥奪』(青弓社、2016年)という著作を読んでいたら、急に映画『君の名は。』をもう一度見たくなった。9月に一度見ただけなので、このエントリを書くにあたって記憶を確認しておこうと思ったのだ。

 ところが、公開から4ヶ月が経ったにもかかわらず、満席で見ることができなかった。恐るべし、『君の名は。』人気。というわけで、同作に関する部分は、曖昧な記憶に頼って書かざるをえないということを最初に記しておく。

 また、以下のエントリでは、『君の名は。』は言うまでもなく、同じ新海誠監督作品である『秒速5センチメートル』、TVアニメおよび劇場版『Steins; Gate』、そして村上春樹の小説『国境の南、太陽の西』に関するネタバレが満載なことにも注意されたい。

偶発性を甘んじて受け入れること

 よく知られているように、『君の名は。』の新海誠監督には『秒速5センチメートル』という作品がある。子どもの頃の初恋の相手をずっと忘れることができない男性の遍歴を描いた作品だ。

 種子島での高校時代には、誰がどう見ても自分に好意を寄せている女子校生を華麗にスルーし、高校時代には甘美な思い出など何一つとしてなかったぼくの心を荒ませる。そして、物語の終盤、主人公は大人になった初恋の相手と運命的な遭遇をする。だが、女性にとって主人公との関係はもはや「遠い昔の記憶」でしかない。二人の関係の再構築は果たされることなく終劇となる。 

 この『秒速5センチメートル』と共通するモチーフの作品として時に挙げられるのが、村上春樹の小説『国境の南、太陽の西』である。新海監督は村上春樹の小説から強い影響を受けているらしいので、ストーリー展開に共通点があってもおかしくはないだろう(なお、以下の『国境の南…』に関する解釈は、前掲の鈴木智之『顔の剥奪』に依拠している。ぼくには文学作品をこんなにも深く解釈することはできない)。

 『国境の南…』の主人公は、成功したジャズバーの経営者であり、会社社長の娘である妻と二人の子どもがいる。南青山に4LDKのマンションを、箱根に別荘を所有しており、BMWを乗り回す。2016年現在から見て、これほど共感しづらい主人公を探すのはちょっと難しいほどの設定ではある。ここだけを見れば、思い出すのは『秒速5センチメートル』ではなく、「秒速で1億を稼ぐ男」かもしれない。

 しかし、この主人公にとって、成功した自分の人生にはどこか「自分の手で選び取ったものではない」という感覚がある。たとえば、金銭面での成功は義父の力によるところが大きく、もし妻と偶然に出会わなければ、自分はいまも普通の会社勤めをしているのではないかという思いがある。自分の人生は基本的に偶発性によって形作られたふわふわとしたものであり、自分の意思すらも自分で決めることができない。

 ところが、そんな主人公にとっても一つだけ確実なものがある。それが、幼いころに出会い、そして別れてしまった「島本さん」との関係である。島本さんとの関係は主人公の人生に確実さを与えるはずの「運命」と言ってよいほどのものだった。ところが、主人公はかつて、幼さゆえに島本さんとの関係を途切れさせてしまった。以来、主人公は確固たるものを手に入れられることもなく、島本さんに対する想いを引きずりながら、なんとなく成功してしまっている。このあたり、『秒速5センチメートル』を思い出させる設定だと言えるだろう。

 ただし、『国境の南…』では、主人公は初恋の相手である島本さんと再会し、体の関係まで結んでしまう。とはいえ、その関係はただの一回きりで終わり、島本さんは姿を消してしまう。そして主人公は(都合の良いことに)妻子の元に帰るのである。ここで、先の『顔の剥奪』の一節を引用しておきたい。

(『国境の南…』において:引用者)語られるラブストーリーは、「運命の恋(赤い糸)」とでも呼べるような定型を反復している。にもかかわらずそれが物語(フィクション)としての吸引力をもちうるのは、その背景に徹底的に偶発的な世界が置かれているからである。そこでは、感情も欲望も、善も悪も、すべてが条件次第で変容してしまう。その世界にあって、現実の「はかなさ」におびえる者たちにとっては、どのような境遇にあっても、どれだけ離ればなれになっても、変わらず求め合い続ける関係そのものがユートピアであり、したがって物語の機動力でもある。
(出典)鈴木智之(2016)『顔の剥奪 文学から<他者のあやうさ>を読む』青弓社、pp.93-94。

 結局のところ、『国境の南…』と『秒速…』のいずれにおいても、主人公は現実のはかなさを受け入れざるをえず、運命と思えたものを手に入れることはできない。ユートピアはしょせん、「どこにもない場所」でしかないのだ。

 そして、これらの作品の主人公たちからは、偶発性の支配に対して抗おうという意思はほとんど感じられない。むしろ、『国境の南…』で主人公が家庭に戻るのは、あるいは『秒速…』のラストシーンで主人公がわずかに微笑むのは、偶発性に満ちた世界で生きていかざるをえないことの甘受と言ってよいだろう。あえて、これらの作品の構図を図示するなら以下のようになる。

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「ループもの」における人間の意思の貫徹

 ところで、近頃のアニメやライトノベルの流行の一つに「ループもの」と呼ばれるジャンルがある。主人公が同じ時間を何度も繰り返すという設定であり、ループの原因となるのはタイムマシンであったり、魔女の呪いであったり、「夏休みを終わらせたくない」というヒロインの潜在的願望であったりする。

 ここでは、この「ループもの」の一つとして、アドベンチャーゲームおよびTVアニメ作品である『Steins; Gate』を取り上げる。この作品の主人公は一介の大学生であるが、ヒロインの協力を得ながら造り上げたタイムマシンによって、悲劇的な運命を回避するべく、幾度となく同じ時間を繰り返すことになる。

 この作品を先の『国境の南…』と比較した場合、まず運命の位置づけが大きく異なっていることが理解される。『国境の南…』において運命とは、偶発性に満ちた世界のなかで唯一、確かなものを与えてくれる存在である。それに対し、『Steins; Gate』では運命(世界線)とは無慈悲に人の死をもたらすものであり、いかにして主人公たちがそれに抗うかが重要なモチーフとなっている。これは他の多くの「ループもの」に共通する特徴と言える。

 つまり、『Steins; Gate』において、運命と対抗関係にあるのは人の意思であり想いなのである。『国境の南…』や『秒速…』ではあてにならないもの、どうしようもなく移り変わってしまうものとして位置づけられる人の意思こそが、あらかじめ定められたものを打ち破っていく様子が描き出されているのである。この構図を図にすると以下のようになる。

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 実際、『Steins; Gate』でもっとも感動的なのは、主人公である岡部倫太郎が中二病という仮構の力を借りて途轍もない意思の力を見せるシーンである。あらかじめ定められた運命をも打ち破り、人間の意思を貫徹させたいという願望こそが「ループもの」の根底には流れていると言っていい。

 他方で、『Steins; Gate』において偶発性が果たす役割はそれほど大きくないように思う。あえて言えば、劇場版『Steins; Gate』で岡部倫太郎が世界から消失したあと、他の登場人物の人間関係が解体しそうになるシーンがそれに該当する。岡部がいなくなるという運命を登場人物に甘受するように促す力としての偶発性である。だが、人間関係の脆さを生み出すこのような偶発性もまた、仲間であることを維持したいという意思の力で克服されることになる。

運命と人の意思との協働

 ここでようやく、『君の名は。』の話である。時間を遡りつつ、隕石の落下による悲劇を回避しようとするシーンが、この作品のクライマックスである。こう書くと、悪しき運命と人の意思との対決を描く「ループもの」の典型に思えるかもしれない。たとえば、村人の命を救うべく、傷だらけになっても疾走するヒロイン三葉の姿に、強い意思を感じないわけにはいかない。

 もっとも、『君の名は。』ではそうした悲劇的運命の回避もまた、ある種の運命によって促されているかのような印象を受ける。主人公である瀧と三葉の体が入れ替わり、それが悲劇の回避にとって決定的な意味を持つのも、悠久の時を越えて伝えられてきた運命なのである。言わば、隕石の落下という悲劇的運命と、それを回避する運命とが競い合っている。そして、この二つの運命の勝敗を分けるのは、瀧と三葉の強い意思なのである。

 実際、ラストシーンにおいても、好ましい運命と人の意思とのそうした協働作業を見ることができる。時間の壁によって切り離され、お互いの記憶を失ってしまった瀧と三葉は、ようやく巡り合う。偶発性が支配する『秒速…』の世界であれば、そこにはもはや運命や人の意思が介在する余地はないはずだ。どちらか一方(あるいは両方)が満たさない空虚さをうちに抱えつつ、二人は交差しない人生を歩むことになる。だが、『君の名は。』において二人の再会という好ましい運命は、瀧の意思から発生された言葉の力を借りて関係の再構築をもたらす(のだと思う、たぶん)。これを図示したものが以下である。

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 ここから浮かび上がるのは、『国境の南…』や『秒速…』ほどには偶発性の支配力は強くないが、『Steins; Gate』ほどには運命や人の意思も強固ではないという世界観である*1

 確かに、瀧と三葉がお互いを想い合う気持ちは強い。それでも時間の壁を隔てることによって、結局のところ二人はお互いのことをほぼ完全に忘れてしまう。だが、運命はそれでも二人を再接近させ、そのことが「君の名は」という問いを瀧の口から投げかけさせる。言わば、偶発性の支配を、運命と人の意思とが協働し合うことで打ち破っているのである。

運命からはじき出される者

 …と、ここで終わっておけば、単なる良い話?なのだが、物事には裏面がある。『国境の南…』には、イズミという主人公の元カノが登場する。主人公は高校時代、イズミと付き合っていたのだが、どこか本気で好きになることができないという感覚も抱えていた。やはり島本さんのことが忘れられないのだ。結局、主人公はイズミの従姉と発作的な肉体関係を持ってしまい、イズミとの関係は破綻する。

 そして、物語の終盤、主人公はイズミと再会する。そこでのイズミはかつての魅力を失った、表情のない女性になっていた。かつての主人公の行動に深く傷つき、今も主人公を許していない女性が、確実に不幸になっていることが示唆される。言わば、島本さんという運命の女性をいつまでも引きずっていることで、主人公は意図することなく一人の女性の人生を決定的に損なってしまったのだ。

 同様の展開は『秒速…』においても繰り返される。主人公に想いを寄せながらも華麗にスルーされる女子校生、そして実際に交際していても主人公からの愛を感じ取ることのできない女性。彼女たちは『秒速…』におけるイズミである。

 運命による結びつきは、偶発性を許さないがゆえに運命から外れた人間を疎外する。たとえ女性の側に何らの落ち度がなくとも、運命の相手ではないという理由だけで、本当の意味では愛してもらえないのだ。以下は、『国境の南…』の主人公が、高校時代にイズミと初めてキスをした後の描写である。

女の子がキスをさせてくれるなんて、ほとんど信じられないことだった。嬉しくないわけがない。それでも、僕は手放しの幸福感というものを抱くことができなかった。僕は土台を失ってしまった塔に似ていた。高いところから遠くを見渡そうとすればするほど、僕の心は大きくぐらぐらと揺れ始めた。…もし仮に僕が抱いて口づけをした相手が島本さんだったなら、今ごろこんな風に迷ったりはしていないだろうなとふと思った。
(出典)村上春樹(1995)『国境の南、太陽の西講談社文庫、p.33。

 対して、『君の名は。』ではそうした運命から外れた存在は最初から描かれない。(ぼくの記憶が正しければ)主人公たちがお互いの存在を忘れていた数年間、誰かと付き合っていたという事実は語られない。もしかすると、瀧のバイト先の先輩がそうなりえたのかもしれないが、そうはならなかったようだ。

 したがって、『君の名は。』においてイズミは存在しない。だからこそ、われわれは運命がもつ残酷さに直面することなく、爽やかな気持ちで観劇を終えることができるのである。

*1:『国境の南…』や『秒速…』とは異なり、過ぎてしまった過去はやり直せる、ただし『Steins; Gate』とは異なり、それはたった一度だけだという『君の名は。』の設定が、そのようにマイルドな世界観を可能にしたとも考えられる。過ぎ去った過去がやり直せないのであれば、現実のはかなさを受け入れるよりほかないのに対し、何度もやり直せるのであれば人の意思を貫徹させようとする物語的要請が強くなるからである

『何者』が描く「メタ目線王決定戦」

以下は、朝井リョウの小説『何者』に関する文章であり、物語の核心に触れています。なので、小説や映画を未読、未視聴の方で、ネタバレは困るという方は読まないようにして下さい。

 昨日、ツイッターを見ていたら、劇場版の『何者』が熱く語られているのが目に入ってきた。

twitter.com

 劇場版はまだ見ていないのだが、先日、原作となる小説を読んで思うところがいろいろあった。そこで、ぼくの観点から見た小説『何者』の面白さについて論じてみたい。

 『何者』とは、就職活動中の大学生を登場人物とする小説だ。海外留学やインターンシップという「実績」を武器に就活に挑む学生、画一的な就活に疑問を呈し、クリエイティブな生き方を模索する学生、大学を辞めて好きな演劇で生きることを選択した元学生、そしてそれらの人びとを冷静に分析する主人公によって物語は展開していく。

 そして、『何者』において非常に大きな役割を果たしているのがツイッターである。登場人物はそれぞれにツイッターアカウントを持っており、作中でもしばしば登場人物によるツイートが紹介される。

 ぼくが見るところ、この作品の最も重要なテーマは、それらのツイートがいかなる「目線」でなされているかということだ。

マスメディアをめぐる「メタ目線」

 いきなり手前味噌で恐縮だが、拙著『メディアは社会を変えるのか』世界思想社、2016年)の「おわりに」で、次のような図を提示した。

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 理解しづらいとは思うのだが、これはマスメディアをどの目線から眺めるかを図示したものだ。抽象的な話になるが、少し我慢していただければと思う。

 左側の「操作者の目線」というのは、ちょっと大げさだが、マスメディアのメッセージを生み出す側の目線であり、「こういうふうに作れば、番組が視聴者にウケるのではないか」とか「この情報をニュースでうまく伝えるには、こういう角度から切り取ればよいのではないか」といった目線を意味している。

 他方、右側の「批評者の目線」とは、マスメディアのメッセージを受け取る側の目線を指す。「この番組、つまんね~」とか「この筆者の主張は納得できる」とか、読者や視聴者はメッセージに対してさまざまな感想を抱く。

 そして、「操作者」と「批評者」のあいだに位置するのが、「分析者の目線」だ。これは、マスメディアとその受け手との関係を分析的な立ち位置で眺める目線を指す。これだけマスメディアが普及した世の中では、多くの人たちがこの「分析者の目線」を持っている。「日本人の大多数はマスゴミに騙されている」とか「偏向報道のせいで真実が伝わらない」といった主張は、この「分析者の目線」から発せられていると言ってよい。

 マスコミュニケーション研究では、こうした「分析者の目線」を、さらにメタな立場から分析しようとする理論が存在する。それが第三者効果仮説や敵対的メディア認知といった理論だ。

 詳細は省くけれども、たとえば第三者効果仮説によれば、「多くの人はメディアが自分に与える影響よりも他人に与える影響を過大に評価する」傾向があるという。この観点からすれば、「日本人の大多数はマスゴミに騙されている」という主張をする人は、典型的な第三者効果を発現していると見られるのであり、その人自身が分析の対象ということにもなりうる。

「上から目線」の裏アカウント

 ここで『何者』の話に戻ると、物語の終盤、主人公である拓人がツイッターの裏アカウント(アカウント名は何者@nanimono)を持っていたという事実が明らかになる。拓人はこの裏アカウントにおいて、他の登場人物に関するきわめてシニカルな分析ツイートを行っていたのだ。

 この時点まで裏アカウントの存在を知らされていなかった読者は、それまで本文中で示されていたさまざまな「分析」が、実は拓人の裏アカウントでツイートされていたことを知ることになる。その一つを引用しておこう。

何者 @nanimono 56日前
名刺をもらった。上の階のあの子は、ついに、自分の名刺を作ったらしい。学生特有の肩書でいっぱいの名刺。肝心の名前の部分に目がいかない。よくこんなものを配って歩けるなと思う。名前や肩書きではない何かを振りまいているようにしか見えない。
(出典)朝井リョウ『何者』新潮文庫、2015年、p.325。

 そして、拓人(と読者)にこの裏アカウントの存在を突きつけるのが、上のツイートにある「上の階のあの子」、理香なのである。理香は自分の名刺が大人たちから笑われるであろうことも、そんな様子を陰でバカにしている拓人のこともすべて承知していた。そのうえで、観察と分析しかできない拓人を「かわいそう」に思っていたのだ。この関係をもとに、先の図を書き換えると次のようになる。

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 つまり、上から目線で他人を分析していた拓人は、第三者効果仮説よろしく実際にはよりメタな目線から分析され、哀れまれる側だったということだ。

「メタ目線王決定戦」の勝者は

 もっとも、上記の構図だけが提示されるのであれば、この作品は凡作で終わっていたかもしれない。本作をより興味深いものにしているのは、さらに複雑な構造が存在するからだとぼくは考える。

 そこで目を向けたいのが、拓人のかつての親友であり、いまは大学を辞めて演劇に邁進しているギンジと、理香の彼氏である隆良の存在だ。

 ネットで酷評されながらも、毎月一回の公演をこなし続けているギンジと、なんだかよくわからないクリエイター志望の隆良。それぞれに何か新しいものを生み出そうとしているが、ギンジは酷評を受けつつも前に進み続ける一方、隆良は他人から評価されることを恐れ、分析者的な立ち位置にとどまり続ける。そんな隆良に拓人は次のように言い放つ。

「頭の中にあるうちは、いつだって、何だって、傑作なんだよな」「お前はずっと、その中から出られないんだよ」
(出典)前掲書、pp.254-255。

 この関係に沿って、再び先の図を書き換えると次のようになる。

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 この図からも明らかなように、先の図では第一水準の分析者であった拓人は、この図ではよりメタな分析者の位置に下がっている。拓人は状況に応じて目線の位置を変えることで、とにかくメタな目線を確保しようとしているのだ。

 とはいえ、この拓人の背後には、よりメタな分析者としての理香が控えている。もっと言えば、この作品世界の神であるはずの著者、朝井リョウはさらにメタなところにいるはずで、もはや「メタ目線王決定戦」のような様相を呈していると言っていいだろう。つまり、誰がもっとも鳥瞰的な視点に立てるかをめぐり、果てしない戦いが行われているのである。

「カッコ悪いことを認める」意味

 先に紹介した拙著においてぼくは、「重要なのは、他人よりもメタな目線に立とうとする努力よりも、自分がどのような目線に立っているのかについて自覚的であることではないでしょうか」と述べた(p.217)。

 鳥瞰的な視点はもちろんあっても良いが、より重要なのは、自分にとって何が必要なのか、何が大切なのかを見極めることではないかということだ。もちろん、そのような価値判断に基づく行動は、他人から見れば視野が狭く見えることもあるし、バカにされることもあるだろう。だが、よりメタな目線を求めての無限後退は、結局のところ何も生み出さない。

 僭越ではあるが、ぼくのこうした主張と、『何者』の着地点はそれほど遠くないところにあるのではないかと考えている。物語の結末において、拓人は次のように語っている。

「長所は、自分はカッコ悪いということを、認めることができたところです」
(出典)前掲書、p.335。

 他人からバカにされていることを承知しつつも、いまある「武器」で必死に戦おうとしている理香や、酷評を恐れずに定期公演を続けるギンジからすれば、メタな目線を求めて無限後退を続ける拓人はカッコ悪い。それを認めたうえで前に進むためには、どうしても理香やギンジと同じところにまで「降りてくる」必要がある。それは、他人から観察され、嘲笑され、馬鹿にされることを甘受するという覚悟だ。

 というわけで、『何者』という小説は、「メタ目線王決定戦」の下らなさ、それにもかかわずそこに入り込まざるをえないツイッター人の病を克明に描いている点で、非常に優れた小説だと思う。

 なお、このエントリもまた、そうした病をこの上なく示したものである……が、この一文自体が「そういうお前もメタ目線王決定戦の出場者じゃないか」というツッコミを先取りして封じてしまうことを目的とした予防線なのであり、なんかもうこういうことを書いているとわけがわからなくなってきたので、唐突にここで終わることにする。

(書評)「プロパガンダ」史観の限界

素人が挑む「南京事件

 この八月、いわゆる「南京事件」を論じた二冊の書籍が出版された。

 一冊は有馬哲夫『歴史問題の正解』(新潮新書)、もう一冊は清水潔『「南京事件」を調査せよ』(文藝春秋)だ。有馬は冷戦期プロパガンダ研究などで有名なメディア研究者、清水は桶川ストーカー事件や足利事件などの報道で知られる日本テレビの記者である。

 ここで注目したいのは、どちらも「南京事件」の専門家ではないという点だ。実際、清水の著作を見ると「南京事件」は「相当に面倒そうなテーマである」といった後ろ向きな記述や、事件に関する書籍の多さに愕然となるシーンなど、清水自身がこの事件について詳しい知識を持たなかったことが正直に吐露されている。

 他方、有馬の著作は「本書は日本、アメリカ、イギリスの公文書館大学図書館で公開されている第一次資料に基づいて歴史的事実を書いたものである」という書き出しに象徴されるように、あくまで客観的な研究者としての立場性を前面に押し出している。

 この部分だけを見れば、清水の著作は有馬のそれに比べて、相当に信頼性が落ちるという評価も可能かもしれない。しかし、評者の判断としては、清水の著作を前にすると、有馬の著作は勇み足に過ぎると言わざるをえない。もちろん、評者自身、「南京事件」については清水以上の素人である。したがって、以下はあくまでその素人としての感想である。

南京事件は中国のプロパガンダ」?

 有馬の『歴史問題の正解』の帯には、「南京事件は中国のプロパガンダ」という文章があり、そこに「○」がついている。つまり、それが正解だということだ。

 ここで気になるのは、「プロパガンダ」という言葉の意味である。多くの場合、そこには「虚偽」という意味合いが含まれる。この意味からすれば「南京事件と呼称される虐殺行為は存在しなかった」という解釈も導かれうる。

 ところが、その解釈は正しくない。

 この著作のなかで有馬は、1937年12月に南京で日本軍による殺戮行為や性暴力があったということを否定していない。その意味では、南京での出来事に関する認識において、有馬と後述する清水との距離はそれほど遠くないのである。有馬は言う。

これらの(一般市民に対する:引用者)残虐行為と暴行は戦闘行為とはいえず、いかなる弁解の余地もない。この点は、重く受け止め、日本軍の非を認めるべきだろう。この部分までも否定すると、誠実さを疑われ、再三いうが、国際世論を敵にまわすことになる。
(出典)有馬哲夫(2016)『歴史問題の正解』新潮新書、p.33。

 したがって、帯から「虐殺は事実無根」論を期待して本書を紐解いた読者は肩透かしを食らうことになる。編集者の勝利である。ただ、帯だけを見て「虐殺は事実無根」という印象を強める人がいないことを願うばかりである。

 それでは、有馬が言うプロパガンダとは何か。

 本書で有馬が主張するのは「南京事件WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)によって日本人に罪悪感を植え付けるために利用され、この時点で被害者数は2万人とされていた」「日本軍が30万人も殺害できるはずがない」「虐殺が起きた責任は、日本軍よりも国民党軍のほうがはるかに大きい」という点である。つまるところ、「日本軍のせいで30万人が虐殺された」というのがプロパガンダということになる。

 この点を明らかにするため、有馬は図書館や公文書館の「一次資料」をもとに客観的事実を提示していく。巻末にはその資料を示す脚注も付され、反論があるなら資料をもってせよ、と主張する。ここまでは研究者として誠実な態度といえる。

 しかし、その脚注を見ていくと、不思議な印象を覚える。「一次資料」によって示されるのは「南京事件に関する占領軍のプロパガンダ」に関するものが多く、南京事件そのものに関しては、有馬がイギリスで発見したというキリスト教宣教師の手記が一つ、別の人物の編集による資料集が二冊、二次文献が一冊列挙されているだけである。実際、南京での「歴史的事実」の記述においては、そのほとんどに脚注がない。

 それゆえ、先の主張のうち、有馬自身が発見した一次資料によって裏付けられるのは、「南京事件WGIP(ウォー・ギルド・インフォメーション・プログラム)によって日本人に戦争に対する罪悪感を植え付けるために利用された」という部分だけである。その事実だけをもって、南京事件という歴史的事象の「正解」を語ってしまうのは、研究者としていかがなものかという印象を拭えない。

 たとえば有馬は、「南京城内には25万人しかいなかったのに、日本軍が30万人もの人間を虐殺できるはずがない」という「南京事件」を否定するさいにしばしば展開される主張をそのまま踏襲している。しかし、それに対しては、「南京事件」とはそもそも南京城内のなかだけで起こった虐殺を指すのではなく、その周囲の広範囲の地域で、しかも6週間から数ヶ月にわたって生じた事象を指すという反論もなされている(清水の著作も同様の立場にたっている)。有馬の主張が「客観的事実」として受け入れられているわけではないのだ。

 また、「虐殺が起きた責任は、日本軍よりも国民党軍のほうがはるかに大きい」という主張に関して言うなら、戦闘に勝利した側である日本軍の行動について、有馬はしばしば「仕方がなかった」「正当防衛」という論理を用いて説明する。他方、敗北を喫した側の国民党軍の行動については、組織的な撤退が行われなかった点について「仕方がなかった」という論理は一切用いられない。この解釈に有馬自身の価値判断が相当に含まれていることは否定しがたい。いかに困難な状況にあろうとも、実際に手を下した側の責任をより軽く評価するという発想にはやはり違和感が残る。

 加えて有馬は、日本軍司令官の松井石根の責任を重く見るが、それでも彼が戦犯として処刑された事実をもって、日本軍全体および日本の一般国民の免責を図っている。松井の独走が悪かったのであり、その罪は償われた以上、その他の日本人は関係ないという論理である。しかし、現場の司令官の独走を許したということであれば、組織全体のガバナンスの問題が問われてしかるべきではないだろうか。

 まとめるなら、本書で語られる「正解」は、あくまで「プロパガンダ」研究者としての有馬自身の解釈を出るものではない。無論、WGIPに関する有馬の発見は、それ自体では貴重なものである。しかし、そこから南京事件という事件全体について語ってしまったところに、研究者としての勇み足があったと言わざるをえないように思う。

虐殺を消し去ろうとする力

 自己の客観性を標榜する有馬に対し、ジャーナリストである清水は素人としての自覚のもと、とにかく事実に対して誠実であろうとしている。清水は中国の「南京大虐殺記念館」を訪問し、無料で営まれているその施設や、その内部で繰り返し強調される「30万」という数字にプロパガンダの匂いを嗅ぎとる。

 その一方、南京での出来事に関する旧日本兵の証言を30年近くにわたって収集し続けてきた小野賢二にも協力を仰ぎ、彼が収集した手記や、証言を収録したテープやビデオを入手する。のみならず、自身でも旧日本兵と接触して証言を聞き、その裏付けのために他の証言や公文書を精査する。現地に赴き、虐殺の現場を写したとされる写真にある山の稜線を確認する。結果、被害者の総数を明らかにすることはできないとはいえ、否定しようもない事実として旧日本軍による凄惨な殺戮が姿を現す。

 たとえば、小野が収集した旧日本兵の手記の一つには、以下のような記述があったという。

 拾二月拾六日 晴
 午后一時我ガ段列ヨリ二十名ハ残兵掃湯ノ目的ニテ馬風山方面ニ向フ、二三日前捕慮セシ支那兵ノ一部五千名ヲ揚子江ノ沿岸ニ連レ出シ機関銃ヲ以テ射殺ス、其ノ后銃剣ニテ思フ存分ニ突刺ス、自分モ此ノ時バカリト憎キ支那兵ヲ三十人モ突刺シタ事デアロウ。
 山となって居ル死人ノ上をアガツテ突刺ス気持ハ鬼ヲモヒ丶ガン勇気ガ出テ力一ぱいニ突刺シタリ、ウーン/\トウメク支那兵ノ声、年寄モ居レバ子供モ居ル、一人残ラズ殺ス、刀ヲ借リテ首ヲモ切ツテ見タ、コンナ事ハ今マデ中ニナイ珍ラシイ出来事デアツタ、
(出典)清水潔(2016)『「南京事件」を調査せよ』(文藝春秋)、pp.52-53。

 揚子江の河原で行われた捕虜の大量虐殺。機関銃による銃撃から逃れるため、捕虜たちは逃げ惑い、他の捕虜の死体によじ登ることで3メートル以上にも及ぶ人間の柱が出現したのだという。

 このような虐殺の記録は、小野や清水が収集した複数の手記や証言に現れ、何らかの「工作」によってでっち上げられた可能性は著しく低い。むしろ、清水の調査から浮かび上がるのは、有馬が言う意味での「プロパガンダ」とは異なる意味でのプロパガンダ、もしくは圧力の存在である。
 南京攻略に参加した海軍駆逐艦に乗船していた元兵士は、長崎の佐世保に帰港したさい、次のような注意を受けたのだという。

「下船する時、当直士官にこう忠告されたんです。『南京で見たことは決して口外するな』と。当直士官が考えたことではなくて、艦長とか、上層部からの指令がそういう形で伝えられたと思います。その時、私もやっぱりあれはマズイんだなあと感じましたね」
(出典)前掲書、p.134。

 虐殺に関する記憶は多くの場合、図書館や公文書館に記録されることなく、歴史の彼方へと消え去っていく。しかも、この引用文で示されるように、それらを意図的に消し去ろうという動きも存在する。それを食い止めるのが研究者やジャーナリストの仕事なのだとすれば、長年にわたって手記や証言を集めてきた小野は言うまでもなく、「南京事件」の素人であった清水の仕事も、その名に値するものと言えよう。

「プロパガンダ批判」の陥穽

 まとめるなら、南京での出来事の事実認識に関して、実はそれほど大きな開きのない有馬と清水の違いは、前者が<加害に対する罪悪感をターゲットに植え付けるプロパガンダ>を論じているのに対し、後者はそれを意識しつつも<加害の事実を隠蔽しようとするプロパガンダ>に焦点を当てている点に求められる。

 だが、それ以上に際立つのは、歴史的な事象に対する態度の相違である。繰り返しになるが、清水は素人であることを自覚しつつ、可能な限り多角的に出来事に迫ろうとしている。それに対し、有馬は「南京事件」の「正解」を語ると言いつつ、事件そのものについてはほぼ二次資料に依存するかたちで記述を行っている。

 そもそも、有馬の『歴史問題の正解』は、「南京事件」のみならず、真珠湾攻撃、原爆投下、日韓国交正常化まで、数多くの歴史的トピックについて「正解」を述べている。しかし、それらの事象については膨大な数の専門家が存在し、様々な見解の相違が存在するはずである。多くの一次資料を見ているとはいえ、これだけ多くのトピックを一刀両断するというのは、研究者であればおよそ考えられない態度である。

 ここで邪推をするなら、この全能感こそが「プロパガンダ批判」の怖さではないかと思う。「一次資料」からプロパガンダの存在を知ることで、それが歴史の一側面でしかないにもかかわらず、「歴史の真実」を知ったという発想になる。積み重ねられてきた膨大な知見を一足飛びにして、「プロパガンダ批判」の観点から歴史的事象の「正解」を導き出してしまう。

 だが、「ある事象がプロパガンダとして喧伝された」という事実は、事象そのものについては何も教えてくれない。その欠落を二次資料で埋め合わせつつ、「これは一次資料に基づく著作である」と標榜するなら、それ自体がプロパガンダだと言わざるをえない。この意味で、有馬の著作は「歴史問題の正解」たりえない、というのが評者の判断である。

 したがって、「南京事件」について何かを学びたいのであれば、評者は有馬の著作ではなく、清水の著作を薦める。(敬称略)